ピアノを始められたきっかけを教えて下さい。
母が家でもピアノを教えていましたので、家に必ず音楽が流れていました。ピアノに限らず、レコードを引っ張り出してくるのが好きで、特にオーケストラやオペラが好きでした。家にあったピアノでよく音を出したりしていたのですが、そのうち(2歳頃)母に「私もレッスンして」と言ったそうです。
9歳でドイツに移られましたが、日本とヨーロッパの教育について感じられたことを教えて下さい。
9歳の時ケルン・フィルハーモニーホールで、向こうの青少年音楽コンクールの受賞者コンサートで客演させていただいたことがきっかけで、ドイツでの交流コンサートやリサイタルの話が来て何回か通うことになりました。そのうちドイツの同世代の音楽家との交流(室内楽など)や伸び伸びとした環境がとても好きになりました。
日本ではどんどん勉強が増える時期で、午後遅くまで学校がありました。ドイツでは、午前中に学校が終わるので、午後には音楽に集中できます。丁度その頃、カール・ハインツ・ケマリング教授に紹介され、意気投合したことが主なきっかけになり、長い家族会議の後、ドイツに引っ越すことになりました。
ヨーロッパではピアノに限らず、全体的に個性を引き出し、自分の意見をはっきり持つことを主張されます。私にとっては、日本で小さい頃からピアノに限らず音楽理論や聴音などをしたことが後でとても役にたちました。室内楽などを日本でもドイツでも早く始めたこともとてもよかったと思います。ドイツでは、普通の学校のクラスでもオペラを見に行ったりしました。そういうところから伸び伸びとした音楽が生まれてくるのかもしれません。ヨーロッパではクラシックが身近で、ちょっと電車に乗れば作曲家の生家があったりと、音楽のテーマだけでも遠足ができます。
プロのピアニストになろうと思われたのはいつ頃でしょうか?
とにかく好きだから弾いている音楽を、知らないうちに、これが仕事だと意識していました。何かつらいことがあったり、何日間か弾かないことがあると、ピアノがどのくらい私にとって大事なのかを実感します。そういう時、私にはこの仕事しかないということを認識します。
ザルツブルクにお住まいですが、気に入っているのはどんなところですか。
旅が多いので、帰ってきたとき、山が見えてのんびりしているこの町に帰ってくると、「ふるさと」に帰ってきたという気持ちになります。ザルツブルク音楽祭には毎年世界的な音楽家が集まり、聴きにいくのがとても楽しみです。今年の夏私も音楽祭で弾かせていただくことになり、自分の住んでいるところで大好きなモーツァルトを弾けることが、とても嬉しいです。
これからの夢、挑戦してみたいことを教えて下さい。
火星で火星人のために弾くこと…とよく答えますが、それは半分冗談で、他にいろいろな夢があります。ベートーベンのソナタ全集とか、どんどん大きな課題を作っていって、たくさんの音楽家と知り合い、いろいろなことを吸収していきたいです。人間として、子供を産むこと、社会的問題に立ち向かっていくこと、チャリティー活動をしたい、夢は数えられないほどあります。小さな町でも大きな町でも、音楽は人と人の心を結びつけられるもので、人の心を動かす力を持っている音楽が私にとってとても大事です。いろいろな人々との交流をどんどん増やしていきたいです。
今回のプログラムについて、ポイント、聴きどころを教えて下さい。
バッハのシャコンヌは教会の高い天井を想像します。自然と引き込まれていくような、神秘的な曲です。ファンタジー(幻想曲)は私の今年の課題で、いろいろな作曲家のファンタジーを勉強しました。それぞれ違う個性が出ていて、即興性の強い曲など、いろいろな面がひとつの曲に集められています。ベートーベンのファンタジーについては、ツェルニーが「彼が普段即興した感じがそのまま出ている」と書いていますが、なんと自発的な想像性のゆたかなことと、いつも思います。武満の「雨の樹
素描」はたくさんの雨のしずくを持った樹を想像してみてください。音と音の間の瞬間を感じてください。
今回の中心の曲は最後のシューマンだと思います。このダーヴィト同盟舞曲集は、シューマンが自分のパーソナリティーを2つに分け、ひとつひとつの短い曲ごとにそのイニシャルで(フロレスタンは自発的でワイルド、オイゼビウスは内面的でおとなしい)サインがしてあります。狂ったところ、心の底から吹き出るような美しいところ、皮肉なところ、シューマンの多色な面を皆様にお届けしたいと思います。
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