 |
| photo©Juri Tscharyis |
Alban Berg Quartett / アルバン・ベルク四重奏団
ウィーン・フィルの元コンサートマスター、ギュンター・ピヒラーにより1970年に結成されて以来、30年以上にわたって、世界中の音楽の主要都市と数々の名高い音楽祭で定期的に演奏してきた。彼ら自身のコンサートシリーズを、ウィーン・コンツェルトハウス(71年にデビュー、現在名誉会員)、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホール(15年以上にわたる提携アーティストであり、2005/06シーズンからは桂冠カルテット)、チューリヒ歌劇場、パリのシャンゼリゼ劇場、ケルン・フィルハーモニー、フランクフルト・アルテ・オーパーで行っている。
設立当初から数多くのレコーディングを手掛け、ディスク・グランプリ、ドイツ・シャルプラッテン賞、エディソン賞、第1回国際クラシック音楽賞、日本レコード・アカデミー賞、グラモフォン誌賞など30を超える世界的な賞を受賞。その録音の多くが聴衆や批評家たちから決定版と謳われている。EMIと専属契約を結んでいる。
数々のレコーディングには、ベートーヴェン、ブラームス、ベルク、ヴェーベルン、バルトークの数々の弦楽四重奏曲、モーツァルトの後期弦楽四重奏曲全曲、シューベルトの後期弦楽四重奏曲集、ハイドン、ドヴォルザーク、シューマン、ラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキー、フォン・アイネム、ハウベンストック=ラマティの弦楽四重奏曲などがある。ライヴ録音もウィーン・コンツェルトハウスをはじめ、カーネギーホールやパリのオペラ・コミーク座、ロンドンのクィーン・エリザベス・ホールで行っている。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲は、スタジオで収録されたディスクのほか、89年にはウィーン音楽祭の期間中にウィーン・コンツェルトハウスでライヴ収録され、CD、ビデオ、DVDでリリースされている。ライヴ録音はこの他にも、ヤナーチェク、ルトスワフスキ、ベリオ、シュニトケ、ウルバンナー、リームによる作品(ほとんどがアルバン・ベルク四重奏団に献呈)や、シューベルトの後期弦楽四重奏曲、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲Op.51とOp.106、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲Op.12とOp.13、ピアノ五重奏曲では、シューマン(ピアノ:フィリップ・アントルモン)、シューベルトとブラームス(ピアノ:エリーザベト・レオンスカヤ)、ドヴォルザーク(ピアノ:ルドルフ・ブッフビンダー)など、さらに、ブラームスのクラリネット五重奏曲(クラリネット:ザビーネ・マイヤー)と弦楽五重奏曲Op.111(ヴィオラ:ハリオルフ・シュリヒティヒ)、モーツァルトのピアノ四重奏曲変ホ長調とピアノ五重奏曲K.414(ピアノ:アルフレッド・ブレンデル)などがある。ごく最近では、ピアソラの《タンゴ・センセーション》とウィーンの作曲家クルト・シュヴェルツィクの《アデュー・サティ》の世界初演(いずれもバンドネオン:アルネ・グロルヴィゲン)をライヴ録音している。
アルバン・ベルク四重奏団に対する批評は、彼らの名声を裏書している。「間違いなく室内楽の最高のアンサンブルのひとつ」(パリ/フランス・ロワール紙)、「驚くべき完璧さ」(ワシントン・ポスト紙)、「現代屈指の偉大なアンサンブル」(サンフランシスコ・クロニクル紙)、「アルバン・ベルク四重奏団という名のひとつの驚異」(ウィーン・プレッセ紙)、「いかなる弦楽四重奏団も、ウィーン古典派とロマン派での彼らの力量と確かさにはかなわない」(タイムズ紙)、「アルバン・ベルク四重奏団は室内楽の演奏における伝説的な規範を打ち立てた」(フランクフルター・アルゲマイネ紙)、「アルバン・ベルク四重奏団はベートーヴェンの演奏で圧倒する」(南ドイツ新聞/J.カイザー記)。
アルバン・ベルク四重奏団にとって、メディアから贈られる最高の賛辞や聴衆の熱狂以上に大切なことは、自らに貸した使命を全うすることである。それは、演奏する作品に対して最も調和ある解釈を行なうこと、そして“アルバンベルク”という名称が象徴するとおり、レパートリーの幅を古典から前衛にまで広げることである。
アルバン・ベルク四重奏団は、05年、ヴィオラのトマス・カクシュカを死によって失うという悲劇に見舞われた。残されたメンバーは、彼らの信念とトマス・カクシュカの遺志を継いで、イザベル・カリシウスと共にコンサート活動を続けていく。06年10月には、ウィーンのコンツェルトハウスに於いてマグダレーナ・コジェナー、トーマス・カストフ、アンゲリカ・キルヒシュラーガー、サー・サイモン・ラトル、クラウディオ・アバドらの出演の下、トマス・カクシュカの追悼公演が行われた。
Günter Pichler / ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
1955年、ウィーン音楽大学に入学、フランツ・サモヒル教授に学ぶ。18歳でウィーン交響楽団のコンサートマスターに任命された。21歳のとき、カラヤンは彼をウィーン・フィルのコンサートマスターに採用した。69年モーツァルト解釈賞受賞。
63年からウィーン音楽大学教授、93年からケルン音楽大学で客員教授を務める。加えて、マスタークラスをシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭、ブリュッセル・フィルハーモニック、プロクァルテット・パリ、オールドバラ国際音楽学校、モンテプルチアーノのヨーロッパ音楽舞台芸術アカデミー、およびプラハ、ウィーン、ブダペストなどの国際サマー・アカデミーで行なっている。多くの生徒が国際的な賞を獲得し、主要オーケストラのコンサートマスターやソリストとして、また、室内楽奏者として国際的な舞台で活躍している。70年にアルバン・ベルク四重奏団を結成し、以来、この名声ある四重奏団を率いている。89年1月、ウィーン・コンツェルトハウスでウィーン室内管弦楽団を指揮してデビュー。この室内管弦楽団との緊密な協力関係に加え、イスラエル室内管弦楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー、パリ室内管弦楽団、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ、マンチェスター・ハレ管弦楽団、NHK交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団などを指揮している。2001年4月、オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任。
Gerhard Schulz / ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
1951年リンツ生まれ。ウィーン音楽大学でフランツ・サモヒル教授に、デュッセルドルフのローベルト・シューマン音楽大学でシャーンドル・ヴェーグに、アメリカでシュミール・アシュケナージに師事。
ザルツブルク弦楽三重奏団のヴァイオリニスト、カペラ・コロニエンシスのメンバー、デュッセルドルフ弦楽四重奏団の第一ヴァイオリン奏者を務めた。80年からウィーン音楽大学教授。93年からケルン音楽大学の客員教授も務めている。
Isabel Charisius / イザベル・カリシウス(ヴィオラ)
ドイツのシュトゥットガルト生まれ。ヨハネス・トリープのもとでヴァイオリンを始め、後にカールスルーエとテル・アヴィヴの音楽印で学ぶ。DAAD(ドイツ学術交流会)のプログラムによりウィーン音楽アカデミーに進み、ここでトマス・カクシュカの室内楽のクラスを受講したことで、ヴィオラ演奏に対する興味が深まった。その後、カクシュカにヴィオラを師事。ウィーン放送交響楽団の首席ヴィオラ奏者を経て、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席ヴィオラ奏者となった。
さまざまな編成の室内楽で活躍し、2004年にはアルバン・ベルク四重奏団とともに、多くのコンサートでモーツァルトの弦楽五重奏曲を共演している。
05年トマス・カクシュカの遺志を継ぎ、アルバン・ベルク四重奏団のメンバーとなった。
Valentin Erben / ヴァレンティン・エルベン(チェロ)
1945年オーストリアのペルニッツ生まれ。ミュンヘンでヴァルター・ライヒャルトに、ウィーンでトビアス・キューネに師事。65年から68年までパリ音楽院でチェロをアンドレ・ナヴァラに、室内楽をジョセフ・カルヴェに師事し、67年チェロと室内楽で音楽院のグランプリを受賞。68年ミュンヘン国際コンクールに入賞。アルバン・ベルク四重奏団創設当初からのメンバー。
72年からウィーン音楽大学教授。93年からケルン音楽大学の客員教授を務める。マスタークラスをシュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭、プロクァルテット・パリ、ブリテン=ピアーズ音楽学校、オールドバラ、カルトゥシアナ(オーストリア)で行っている。
世界各地へのコンサート・ツアーや数々の録音を行ない、ピアノのアルフレッド・ブレンデル、エリーザベト・レオンスカヤ、アンドラーシュ・シフ、チェロのハインリヒ・シフ、アマデウス弦楽四重奏団、アルティッティ弦楽四重奏団のメンバーたちと共演している。ソロ活動ではウィーン・コンツェルトハウスでのレオンスカヤとのリサイタル、ケルン・フィルハーモニーでのアンリ・デュティユー/チェロ協奏曲の演奏、日本ツアーなどが挙げられる。
使用楽器は1722年製マッテオ・ゴフリラー。
|