チケットのご予約
back

Interview@philiahall


時を越えた弦楽トリオの響き。心開いて、聴き入る
チェロ/モーツァルト・トリオ:藤原真理

2011年3月19日(土)18:00
藤原真理

 

1983年、急病のチェリストの代役に抜擢され、ヴァイオリンのジャン=ジャック・カントロフ、ヴィオラのウラディミール・メンデルスゾーンと運命的な出会いを果たした藤原真理さん。「モーツァルト・トリオ」は世界的にも数少ない弦楽三重奏として、86年に華々しくパリ・デビュー、レコーディングも精力的にこなし、91年の日本ツアー以降、再演が待ち望まれていたトリオです。20年ぶりのツアーが今年3月に控える中、「コンサートが待ち遠しい」という藤原さんに改めてお話をうかがいました。

久しぶりのトリオです。心境をお聞かせください。

2年ほど前から話はあたためていたのですが、ようやく3人のスケジュールが合って、今回のツアーが実現しました。弦楽トリオの演奏会自体、ヨーロッパでも少なく、しかも、カントロフとメンデルスゾーンの信頼のおける2人ですから、このトリオは本当に特別なアンサンブルです。しばらく音を聴いていないと、恋しくて禁断症状が出る音楽家がいますが、この2人は間違いなくそうです。カントロフはまもなくヴァイオリンを辞めて指揮活動に専念すると公言していますから、その意味でも間に合って良かったです(笑)。

「モーツァルト・トリオ」の魅力を改めてお聞かせいただけますか。

83年に、韓国での本番の2日前にコロムビアのディレクターから電話がかかってきて、代役で急遽参加したのが結成のきっかけですが、リハーサルで弾き始めてすぐに、これは手放しで安心できる相手だと、全員が感じました。高い水準で音楽の方向性が合ったのです。カントロフは当時から売れっ子ヴァイオリニストでしたが、とても音色が豊かで、弓が弦に触れたときから音の目指す先が見えている素晴らしい才能を持っています。男性としても色気がありますが、音の色気も抜群です。メンデルスゾーンもまた違った魅力があるヴィオリストで、演奏のほかにもフィンランドの室内楽音楽祭の音楽監督や作曲もこなす才人です。作曲家のメンデルスゾーンの末裔だそうで、「血が騒ぐ」という言葉を聞くと、脈々と歴史を受け継いでいることを実感してしまいます。弦楽トリオは、クァルテットよりソリスティックな面が目立つ編成ですから、それぞれの個性が強くないと演奏まで地味になってしまうのです。フランス人のカントロフ、ルーマニア生まれでドイツ系のメンデルスゾーン、日本人の私と、多国籍で最大限に違う要素が集まった「モーツァルト・トリオ」は、三者三様の個性、表現の強さ、互いに寄り添う繊細さ、掛け合いのスリリングさ、と魅力全開です。

トリオ
©Agence de Presse BERNAND

ソロと、トリオで演奏するときの意識は違いますか。

本質的には同じです。トリオの魅力を限りなく味わっていただくには、ホールの響きが重要になりますが、フィリアホールは絶好の場所です。オーケストラのように量で圧倒して聴かせるものではないけれども、そっと目をつむって、耳をすませていただければ、3本の弦楽器の響きの奥行き、丁々発止のやりとりをたっぷりと楽しんでいただけるはずです。いつも思いますが、演奏家が自分にとって客席で聴けないのは最大の不幸ですね。

プログラムの聴きどころは?

最初のバッハは、和音の展開の基礎を築いた作曲家。モーツァルト編曲のプレリュードフーガで耳をならして、緊張をほぐしていただき、次のベートーヴェンの力強い傑作、弦楽三重奏曲ハ短調へ。後半のシューベルト弦楽三重奏曲第1番変ロ長調は、シューベルトらしい美しい曲です。第1楽章しか完成されていない曲で、第2楽章はメンデルスゾーンが補筆した版の世界初演となります。楽譜は手元にありますが、実は先日、メンデルスゾーンに質問のメールをしたところ、「真理からのメールは久しぶり!」と喜びいっぱいの飾りだらけのメールが返ってきたのに、肝心の私の質問には答えてくれていない(笑)。私自身、どんな演奏になるか楽しみにしています。最後のベートーヴェンセレナード ニ長調は比較的よく知られた作品で、重々しさや堅苦しさとは一味違う、ベートーヴェンのユーモラスな面が見られます。作曲家の中では、ベートーヴェンはどんな方なのか、一度会ってみたいですね。バッハは敬虔なプロテスタントで私には少し鬱陶しいかもしれません。モーツァルトはすごく振り回されそう。ブラームスなどは優柔不断さが嫌ですね。女性は白黒はっきりしていますが、男性は優しくて繊細ですから。

演奏を離れると、スキー一筋とうかがいました。

先日も北海道のかもい岳に行ってきたばかりです。全くの運動音痴だったのが、30才のときに友人に誘われてたまたま始めたらすっかり夢中になってしまって、1シーズンに3週間くらいはゲレンデにいます。スキー板の真上にしっかり重心を乗せることが最近の課題です。チェロとスキーを一緒に考えないように言われるのですが(笑)、どちらも上達の経過が面白い。小さい頃から忍耐力はありましたので、自分で模索しながら物事にじっくり取り組むことは好きです。コンサートで演奏がうまくいって、楽しい気持ちでスキーに行き、スキーでも何か得るものがあって、またチェロにも新たな気持ちで臨む。とても良いバランス関係が築けています。

これからの目標はありますか。

成長していける限り、生涯現役でいること。成長しているかどうか、自分で気づくか他人から言われるかは分からないですが、まあ、そんなことを今から考えてもしょうがないですし(笑)。先のことは神のみぞ知る、です。

小柄でも背筋をぴんと伸ばした品のある佇まい。ジムで鍛えているという芯の強い身体。お話をうかがって、理想を追求するストイックさを持ちながら窮屈な決め事はしない姿勢に、近頃よく耳にする“サステイナブル(持続可能)”という言葉を思い浮かべました。心と体を自由に開放しながら臨む、3月のモーツァルト・トリオ。カントロフ、メンデルスゾーンとともに、輝きと深みに満ちた音楽を聴かせていただけることと期待が高まります。