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Interview@philiahall


日本のこころを想う
東京混声合唱団 指揮:松井慶太

2011年5月29日(日)15:00
松井慶太

 

爽やかな5月。フィリアホールでは初となる東京混声合唱団(以下、東混)によるコンサートが行われます。合唱団としては創立以来、常に日本の合唱界のリーダーとして活動、近年ではその音楽性と社会への貢献度が高く評価され、サントリー音楽賞、中島健蔵音楽賞、創設者で音楽監督の田中信昭さんが2010年度エクソンモービル音楽賞など、次々に受賞を重ねています。その伝統と実力ある合唱団を率いるのは20代の期待の若手、指揮者の松井慶太さん。松井さんに合唱の魅力やプログラムについてお聞きしました。

音楽との出会いを教えてください。

幼少のころ、祖父の家でピアノ教室に部屋を貸しており、その音を毎日聴いていて自分も習いたいと始めました。その後、吹奏楽部でオーボエを吹き始めましたが、ピアノはずっと続けていて、高校2年生の時に初めてオーケストラとピアノコンチェルトを弾くチャンスに恵まれました。その時に、奏者一人ひとりの音楽を体感しつつ、音楽の流れを作りながらお客様に伝えていく指揮者の存在に憧れ、音大の指揮科を目指すことに決めました。大学時代は技術的なことばかりではなく、指揮者としてどう生きるべきかなど、深いテーマを学びました。また、大学の合唱団の一人としてステージに立つこともあり、合唱ならではの、オーケストラでもかなわないパワーに興味を持ちました。卒業後、日本フィルハーモニー交響楽団を指揮したことをきっかけに、2008年、NHK交響楽団定期でのシャルル・デュトワ指揮のストラヴィンスキー「エディプス王」において東混の合唱指揮を担当さていただいて以来、東混と活動を共に続けています。

指揮者の松井さんにとって合唱の魅力とは何ですか。

何と言っても“生もの”であるということにつきますね。歌はメンタルと結びついているので、もし何かトラブルがあると歌そのものに影響しかねないデリケートさがあります。オーケストラももちろんそうですが、指揮者の一言一振りで、ガラリと変わる。団員の気分が乗ると想像を超える素晴らしい声が出てきます。合唱の場合は体が楽器ですからね。また、合唱は言葉で出来ているので直接的なメッセージ性がありますね。

トリオ

楽しみなプログラムについてお聞かせください。

今回は名曲中の名曲が並んだすごいプログラムです。まず始めはアカペラで日本のうたをおおくりします。さくらは東混のためにと武満徹さんからプレゼントされた特別な編曲。そして日本人なら誰もが知っている、通りゃんせ、七つの子、赤とんぼを篠原眞さんの編曲でおとどけします。東混は1956 年、東京芸術大学声楽科の卒業生により創立されました。創設者の一人である田中信昭さんの同級生だった作曲科の篠原さんから楽譜をいただき同年3月31日の第1回定期演奏会で演奏いたしました。当時、日本の合唱曲はほとんど存在しておらず、実際これらの曲以外は外国の合唱曲を演奏したそうです。瀧廉太郎さんの花は組歌「四季」の中の1曲で、ピアノ伴奏による女声合唱用に作られた曲ですが、今回は信長貴富さんによるアカペラの混声合唱版です。遥かな友には、男声合唱団である早稲田大学グリークラブ出身の磯部俶さんが神奈川県津久井渓谷でのグリークラブの合宿中に即興で作った曲だそうですが自身の混声版でおとどけします。終戦直後、ピアノは高級品だったでしょうから、純粋に人が集まりハモって楽しむためにたくさんのアカペラ作品が生まれた、という時代背景もあったかと思います。

三善晃さんが20代で作曲した女声合唱のための「三つの抒情」(1962年)は、今でも中学生や高校生が合唱コンクールで盛んに取り上げていますし、また女声合唱団が必ずといっていいほど歌いたいと願う憧れの名曲です。この作品は日本女子大学合唱団が委嘱しました。立原道造さんと中原中也さんの詩の世界がそのまま音になっていて、女声合唱特有の澄んだ、包み込まれるようなハーモニーとぴったりと重なった、フランスで勉強された三善さんらしい繊細で抒情的な作品です。

佐藤眞さんによる混声合唱のための組曲「蔵王」は1961年に作曲されました。今回は、佐藤さん自身による1991年の改訂新版で歌います。当時、文部省は芸術祭で合唱音楽の普及に力を入れており、アマチュアが歌って楽しめる合唱作品の創作コンクールを主催していました。そこで、放送局がこぞって詩人や作曲家に合唱作品の委嘱を行ったのですが、「蔵王」もその中の1曲でニッポン放送の依頼を受け、尾崎左永子さんの詩で作られました。「水のいのち」もTBSの委嘱作品ですが、この芸術祭が火つけ役となり素晴らしい合唱作品がたくさん生まれました。佐藤さんと言えば組曲「土の歌」、特にフィナーレの大地讃頌が非常に有名ですが、この「蔵王」も共通点がありますね。佐藤さんは移り変わりを描くのが非常に得意で、雪国蔵王を舞台にした春夏秋冬をテーマに、特に冬の間の自然の厳しさ、そしてそこに生きる人々の感情や生活の営みが見事に表現されています。僕も青森県八戸の出身なので、厳しい冬は、じっと我慢をしながらしっかりエネルギーを蓄えて春を待ち焦がれる、そうしたメンタリティーにとても共感しますね。

高田三郎さんの「水のいのち」(1964年)は合唱を経験した方なら誰でも知っている名曲中の名曲です。約50年も前に作曲されたにもかかわらず、今でも日本の合唱曲で最も楽譜が売れ続けている作品だそうです。人間の根本を問うていて、この曲に接すれば原点にもどれるような感じがします。日本人の今も変わらないこころを表現していますね。高田さんは英訳するならば「水のいのち」はSoul of Waterであるとおっしゃっています。まさに、自然に神を感じ、人と自然の調和を好む日本人の感性を見事に表現していると思います。合唱をあまりご存知ない方でも、きっとすんなりとこころの中に染み入っていくと思います。実は、東混が「水のいのち」を組曲として全曲演奏するのはおよそ40年ぶりとなります!

コンサートへの意気込みをお聞かせください。

5月のフィリアホールでの公演は、メインの曲がドドーンと並んで凄いコンサートになりそうです(笑)。オーケストラ作品で例えると、ベートーヴェンの交響曲「運命」、シューベルトの「未完成」など誰もが知っているスタンダードな作品を一同に演奏するという感じ。でも、それぞれ個性が全然違う作品なので間違いなくお楽しみいただけます。東混は、様々な合唱曲を紹介する役割を担っており、特に最先端の合唱曲を発表する機会が多いため、このようなプログラムでのコンサートはめったになく、メンバーもとても張り切っています。ピアニストの前田勝則さんは、日本の合唱作品の伴奏に強い情熱をお持ちで、東混とも数多く共演を重ねており、信頼できるピアニストですのでとても楽しみです。

まだ20代の若さながら合唱団のメンバーからの信望が厚い松井さんは、日本人としては長身の187cm。いまどきの若者です。「合唱は敷居が高いものでは決してなく、年齢に関係なく、誰もが楽しんでいただけると思います。今回中心に取り上げる1960年代の作品は、日本の高度成長時代と密接に結びついています。エネルギーに満ち溢れた曲が多いですね」と松井さん。それこそ若い方にも、ふと立ち止まって考えることができる曲ばかり。ぜひ、多くの皆様にお越しいただきたいと思います。