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Interview@philiahall


バッハとブラームス、機は熟す…
ヴァイオリン:堀米ゆず子

2011年10月15日(土)18:00

堀米ゆず子

 

2009年に終えたベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会でも、大らかで雄弁、幽玄の境地をいかんなく発揮し、まさに脂の乗り切ったトップレベルのヴァイオリニストであることを強く印象づけた、堀米ゆず子。これまでの30年間の演奏活動において最も大切にしてきたという2人の作曲家、バッハとブラームス。自ら“集大成”と語る今回の新プロジェクトに向け、ブリュッセルの堀米さんにメールで想いを聞きました。

―バッハは“背骨”、ブラームスは“心のひだ”と表現されています。

バッハは弾けば弾くほど奥が深く、いつも発見があります。毎日の練習にもバッハの無伴奏作品は欠かせません。バッハが弾ければすべてに通用する、それが“背骨”たるゆえんです。「バッハはメロディの作曲家」という(故)江藤俊哉先生の言葉がよみがえります。バッハが無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータを作曲したのはケーテンの小さな教会だったといいます。当時ベルリンからケーテンへと飛び火したフランス音楽の要素を取り入れた作風に心惹かれます。10月に演奏するロ短調のパルティータはあまり演奏されることがなく、プログラムのどこに置けば一番自然に聞こえるかを考えて組み込みました。プログラミングはコンサートの成功の半分を担います!例えば、前半は聴きやすいモーツァルトのソナタ、背筋を正して聴くバッハの無伴奏で、後半は少しゆったりとした感情の“ひだ”ともいえるブラームスのヴァイオリン・ソナタ(第3番)を置く。そうすると私も聴衆もすっと入っていける…これがとても大切なのです。

ブラームスに関しては、80年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで弾いたヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」を当時弾き過ぎて、20年以上遠ざかった時期があります。ルドルフ・ゼルキンとこのソナタを弾く機会があったのですが、そのときも「たくさん弾いたでしょう」と言われましたが、それは決して称賛の言葉ではありませんでした。また、第2番は江藤先生にかなり細かく教えていただき、今でも私の生徒たちに最初に渡す“ブラームス”はこの曲です。しかしながら、私の“ブラームス傾倒”は、ヴァイオリン・ソナタやコンチェルトだけではなく、室内楽が大きな割合を占めています。学生時代はブラームスしか弾かなかった一年がありました。ピアノのインテルメッツォ、ラプソディに魅了され、弦楽六重奏曲第1番を毎週のように練習し、それを実際どのようにヴァイオリンの音にするのかを教えてくださったのが江藤先生でした。80年のエリザベートコンクール優勝で、自分の演奏に確信が持てたことも大きいのですが、もっと大事なことはその過程にあります。試行錯誤しながら辿り着いた境地とでもいいましょうか。今でもその“歩み”だけは変わりません。

―バッハ-ブラームス・プロジェクト発案のきっかけは何だったのでしょうか。無伴奏ソロから室内楽、歌も加わったりと、とても贅沢なプログラムです。

一般的なリサイタルに飽きが来ていたころ、あるホールの企画で「何をやってもいい」と言われ、今回の2大BBプロジェクトを掲げました。ソロあり、ソナタあり、クインテットありといったものです。2人の作曲家の全てをお見せしたいと思ったとき、ヴァイオリンとピアノだけではあまりに物足りないので、思うままに浮かんだ名曲を並べました。そして演奏会はいつも小編成から大編成へ向かって華々しく幕を閉じるのが一番良いのでしょうか?聴衆がときとしてゆっくりとした味わい、余韻を残して席を立つ選択もあっていいのではという想いがあり、大編成の曲からバッハの無伴奏へ、そして歌曲、瞑想曲で終わるという試みをしてみたいと思っています。

―フィリアホールでは今回10月と来年3月の2回でこのプロジェクトに取り組んでいただきます。それぞれの聴きどころを教えてください。

堀米ゆず子
Photo©中村治

クラリネットのチャールズ・ナイディック氏。彼の超絶的なクラリネット奏法のみならず、あらゆる音楽に対する深い洞察、知識と好奇心に裏付けられた彼の音楽生活“日日是好日”に魅せられ、彼の来日中にぜひとこのプロを組みました。クラリネット五重奏曲と無伴奏パルティータ第1番はともにロ短調で、秋に聴くのにふさわしい名曲です。山口裕之さんは学生時代一緒にカルテットをやった仲間です。ヴィオラの佐々木さんとは初共演なので楽しみです。辻本玲さんは最近共演が多い有望な若手です。彼らの才能と興味は、音楽作りにおいて何よりの基本です。ピアノの坂野伊都子さんは以前“いしかわアカデミー”で教えていた頃、なんて日本人離れしたうまい伴奏者がいるのだろうと思って、10年ぐらいたってから声をかけました。もちろん林美智子さんの歌も楽しみです。「アルトのための2つの歌」は、学生時代にヴィオラで弾きました。ヴィオラはブラームスの声に一番近いような気がします。彼の室内楽はソナタも含めて内声を弾く方が楽しいです。
次回3月のプログラムでも“大きな編成から孤”への挑戦が続きます。春にふさわしいブラームスの弦楽六重奏曲第1番を宮田大さん、辻本玲さんの今日本を代表する若手チェリスト2人、ヴィオラには私の友達ロジャー・チェイス氏と、その奥様でシカゴ響で活躍中の小倉幸子さん。セカンド・ヴァイオリンにはもったいない限りですが、山口裕之さん。ブラームス漬けの学生時代も彼と一緒にこの曲をやりました。どんなにたくさんの事を学んだことか。山口さんの日本語での音楽に対する独特な言い回しは録音しておきたいぐらい貴重です!ピアノは秋と同じ坂野さん、彼女のロマンを聞いていただきたいです。以上、私が最も信頼する豪華キャストでお届けするフィリアホールならではの企画にどうぞご期待ください!

―ご自身のホームページでも日々のことを含蓄ある言葉で綴っていらっしゃいますが、近況をお聞かせください。

偶然というか必然というか、昨年ブリュッセルで教授職を得ました。オランダ語の試験、指導、演奏と、この年になっての就職活動は大変でしたが、これも縁かと思い、今のところブリュッセルを拠点としています。ここにはマルタ・アルゲリッチ、ミッシャ・マイスキー、オーギュスタン・デュメイ、アブデル・ラーマン・エル=バシャがいて、そのうちワディム・レーピンもブリュッセルに住むようで、なんとも音楽家の多いところです。ただ、皆忙しくて会うことは滅多にありませんが(笑)。ベルギーは1年以上も無政府状態が続いているというのに、私たちは何一つ困る事がなく、一体喜んでいいのやら悪いのやら?そのバランスの取り方は、ヨーロッパの縮図ともいえるベルギーの成り立ちを象徴しています。ヨーロッパという連合が各国のいろいろな政党間で意見を交換し合い、それこそ全テレビ中継で意見の交換を行い、市民投票によって選挙を行い、議会を作っていくような理想形になるにはまだまだ時間がかかります。でも一進一退を繰り返して、ゆっくり進んでいっているのかもしれません。原子力の話にしても、原発に反対しているドイツは、原発国フランスから電力を買っているという現実もあります。もしフランスで事故が起これば、地続きの国ではまさに自国の問題となります。今回の日本の事故についても、皆自分のことのようにとらえ不安を抱いています。そのような“共同体”の意識はあっても、現実はお互い大きく異なる文化、言葉、食べ物を持つ国々が集まっている。それが興味深いです。

この夏は“ヨーロッパの外”に出た、家族でのトルコ旅行の体験も忘れられません。イスラムの人々の多彩さ、歴史、文化水準の高さ、そしてかつてからのあこがれだったシルクロードへの第一歩。ヴァイオリニストにならなかったらシルクロードの考古学者になりたかったぐらいですから、本当に感銘を受けました。ぜひホームページをご笑覧ください。

音楽の話に戻ると、昔はベートーヴェンやブラームスなど、いわゆる王道の曲には何か抵抗があり、その音楽作りにおいても自分には遠いものという意識がまずありました。逆にバルトーク、ドビュッシー、シベリウスなどの方が近い気がして、そちらで勝負していた部分もあります。しかし最近は、ヨーロッパ生活が長くなったせいなのか、年をとったせいなのか、いろいろな経験を経て、王道の作曲家にも同じように接する事ができるようになってきました。マルタ・アルゲリッチとの共演はいつもその真剣さ、構成力の確かさに加えて、即興性(遊び)に漂う瞬間が至福のときです。彼女の存在そのものに感謝したい気持ちでいっぱいです。

―お客様へのメッセージをお願いいたします。

日本の現状を考えると本当に大変だと思います。3月11日は私も東京にいました。直前に福島県南相馬市でも演奏したばかりでしたし、両親が山形出身、また仙台には国際コンクールの審査で毎回もお邪魔していて、東北は私にとっても故郷です。地震、津波、放射能の被害、これからの事を考えると言葉にならない想いです。とくに子供たちの将来を考えると、大人たちがしっかりとした展望と勇気を持ち、かつ楽観的に歩んでいかなければいけないときです。不安やストレスを抱えた親と、それを見て育つ子供は、親子ともに気の毒です。

井上ひさしさんの言葉を借りると、

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをおもしろく
おもしろいことをまじめに
まじめなことをゆかいに
弾いていきたいと思っています。「フィリアホール」の響きと聴衆の皆さまとの会話を楽しみに今まさに“仕込み中”です。乞うご期待!!では会場でお会いしましょう。