チケットのご予約
back

Interview@philiahall


声は神様からのプレゼント。
歌に全てを捧げたい。
メゾソプラノ=藤村実穂子

2012年11月17日(土) 18:00

 

2002年ミュンヘン・オペラ祭、バイロイト音楽祭の同時出演で一躍世界の注目をあびて以降、ヨーロッパの歌劇場の最前線で活躍を続けるトップスター。いわば逆輸入の形で日本でも存在感を知らしめてきた真の実力派がいよいよフィリアホールに初登場します。凛として芸術を追求する姿勢の秘訣をメールインタビューにて伺いました。

シューベルト、マーラー、ヴォルフ、シュトラウスと、ドイツ・リートの真髄を聴けるプログラムです。聴きどころ、想いをお聞かせいただけますか。

2011年3月11日から私の中で何かが大きく変化しました。今回のプログラムは東日本大震災で亡くなった方々に捧げています。プログラムを組むのに毎回1年かけていますので、全てが聴きどころです。当日耳と心で感じ取ってください。それが音楽ではないでしょうか?

朝4時から夕方4時まで音楽の練習や研究、その後夜10時まで事務仕事。食生活も節制なさっているとか。どの職業でも一流になればなるほど、求めるものは果てしなく高くなっていくのかと思いますが、藤村さんの“歌い手”としての理想像はどういったものでしょうか。

私には節制しているという意識は全く無いんです。体が楽器なので体の声に耳を傾けるようにし、よくない物を排除しているだけです。コーヒー、白い小麦粉、肉、砂糖、甘い物、スナック、お酒は睡眠用に梅酒をお猪口に半分以外は避け、スペルト小麦の全糧粉やフレーク、緑茶やハーブティーなどに代えています。神様は私に声をプレゼントしてくれました。私にはこの贈り物にお礼をしなくてはいけない義務があります。私にとってこのお礼という行為はイコール生きるということなんです。曲をただ暗譜して人様の前で歌うという行為は発表会です。器用な人ならきっと数週間ほどで発表会の用意ができるでしょう。ただ私の名前の載ったコンサートに来てくださる方は、その時間に何かを感じることに賭けて投資してくださっているのです。そうでなければ音楽技術の整った現代、CDやDVDがあふれる中わざわざ足を運ばなくても、家で好きな歌手の録音を聞いていればいいわけですから。だから私は足を運んでくださる方々に対して発表会ではなく、演奏会にするのが礼儀だと思うのです。私が早朝から夕方まで行っていることは、天才たちが書き残してくれた曲を、作曲家が感じたり頭や耳で聞いていたものに、より近くすることです。舞台に立って歌っているとき、作曲家の描いた世界に自分がいられる状態にするために時間をかけているのです。そして舞台での一番の楽しみは、偶然そこに居合わせた知らない人々と、その世界を「共有」すること。皆さんと一緒に時間を共有できる形になるまでに、私の場合1年くらいかかります。他の演奏スケジュールや曲の勉強もこなさなければならないので、1日の時間割がおっしゃるような形でないと、自分で満足のいく演奏ができないのです。私はきっと非常に不器用なんでしょうね(笑)。でも、この時間割を日曜休日なしで60日連続でおくっていたら、61日目にウィルスで唇が腫れてしまって。たまには休まないと演奏会自体があやうくなるということもあるようです。でも勉強後、毎日1時間くらいジョギングをしていますから、大丈夫ですよ。

歌をはじめた原点は何でしょうか。また、プロになろうと決めたのはいつごろでしょうか。

小さいときから歌が好きで好きで、家から小学校まで徒歩で片道40分かかったので、下校時は一人でずっと作詞作曲して帰りました。日曜は学校がないのが嬉しくて、朝5時に起きて庭に犬3匹をお座りさせて、1時間くらいずっと歌っていました。犬はもちろんあちこちに散らばりましたが、めげずに(笑)。自分では小さい声で歌っていたつもりでしたが、家族にはしっかり聞こえていたみたいで申し訳なかったと思っています。子供にとって当時歌手と言えば歌謡曲の歌手で、生まれたときから肥満児だった私には無理だと思っていたのですが、小5からなぜか声楽の個人レッスンに行くことになったり、なんとなく芸大に合格してしまったり、ハンス・ホッター先生に出会ったり…。こんな私だから危なっかしいと、「ほらこっち、こっち」と誰かがナヴィゲーションをしているのではないかと思います。アリアドネ*の赤い糸が引っ張ってくれた、そんな気がします。本当にありがたいことです。
ギリシャ神話のクレータ王ミーノースの娘。テーセウスが迷宮から無事脱出できるように道案内の糸玉を与えて彼を助けた。

音楽家の卵たちに、藤村さんから何かひとつアドバイスをいただけるとしたら、どんなことでしょうか。

それはずばり、「これひとつであなたも歌手になれる」といった、「ひとつ」はないということを知ることです。

音の並びや融合がさまざまな感興を呼び起こす音楽。仕組みはよく分かりませんが、誰もが身ひとつで歌える“歌”は古くから人間の生活の中にあり、人々を魅了し、慰め、奮い立たせてきました。いまの藤村さんが考える“歌の力”あるいは“音楽の力”とは何でしょうか。

音というのは、鳴っている瞬間だけをとれば、ただひとつの音でしかない、だけど次の瞬間違う音が鳴り、次の瞬間また違う音が鳴る…というのが繰り返されると、人間のある感情が生まれてくる。あるときには体にまで作用してくる。本当に不思議ですね。私にはその感情の生まれてくる仕組みを説明することはできませんし、作家や詩人でもないので、うまく表現することはできません。ひとつだけいえることは、音楽は人間の「元」を呼び覚ますことができるということです。心から尊敬していた河合隼雄*先生とお話していると「それは、何か絶対的に人類に通用する“X”ですか」と言われて、「ああ、理解してくださる方がいらっしゃるんだ!」と感激し、思わず「そうですっ」と大声で言ってしまいました。それが音楽であろうと、絵画、本であろうと、“X”は国境を越え、人々に伝わるんですね。そんな楽器を与えてくださった神様に何度ありがとうと言えばいいんでしょう。
1928-2007。ユング派心理学の第一人者。臨床心理学者。文化功労者。元文化庁長官。日本の社会や精神構造について深い洞察を重ねた。著書多数。

気分転換のリラックス方法は何かありますか。

私の頭には24時間音楽や歌が鳴り続けているので、転換は無理なようですが、風に揺れる葉っぱをぼーっと見ていると、ほっこりします。雲や星、月を見るのも好きですが、時間がないのと、客演先は大都市のためにそれがなかなか困難で残念に思っています。

今までに訪れた国や場所で、とくに印象深かったところはありますか。

都市から都市へと移動してたくさん観光できるうらやましい職業と勘違いしていらっしゃる方がよくいますが、歌手であることは「身体の奴隷」で、残念ながら空港、ホテル、オペラハウスしか知りません。ごめんなさい。

コンサートツアー中にかばんに必ず携帯する、かかせないものは何でしょうか。

のど飴5、6種類。

魚、野菜、果物中心の食生活と伺っております。とくにお好きな食べ物は何でしょうか。

家に帰ったときにだけ食べられる自家製パンと、サラダです。

今までの人生で一番感動した体験は何でしょうか。

河合隼雄さんにお会いできたことです。

影響を受けた本、映画、美術がありましたら、教えてください。

本:村上春樹さん、ドストエフスキー、および河合隼雄さんの全著書。
映画:たくさんありますが、ひとつだけ挙げるなら「天井桟敷の人々」。
絵画:ミレー、モネ、クレー