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Interview@philiahall


できることが限られる古楽器。
でも、表現する世界は広がる。
ハープ=吉野直子

2012年12月15日(土) 18:00

 

毎年12月、フィリアホールで聴く吉野直子のハープ。今年は自身初、古楽器ハープとモダンハープの2台を弾きわけるプログラムに挑みます。世界の一流オーケストラや指揮者、ソリストたちから信頼を得る、まさしく世界的ハープの名手でありながら、誰に対しても気さくでおごらず、品があり丁寧な物腰の吉野さん。9月下旬、秋晴れの心地よい日和の中、都内カフェにてお話を伺いました。

古楽界の巨匠ニコラウス・アーノンクールが率いるウィーン・コンツェントゥス・ムジクスと共演した「モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲」のCDで古楽器ハープを演奏されていました。

99年のことで、アーノンクールさんは当時すでに70才です。2001年にはウィーンのムジークフェラインやスペインで公演ツアーもしました。その後、しばらく古楽器からは遠ざかっていたのですが、5年ほど前に同製作者・同モデルの古楽器「Beat Wolf製作“Louis XVI Harp(ルイ16世ハープ)”」を手に入れることができて以来、いつか現代のモダン・ハープと並べて2台を弾きわけるようなコンサートができたらなあと思っていました。「ルイ16世ハープ」での演奏は、2011年フルートの有田正広さんとのコンサートが本邦初披露でしたが、2台同時、しかもソロ演奏は今度のフィリアホールがほとんど初めてとなります。

古楽器ハープとモダンハープの構造の違いを教えてください。

まずは楽器の構造で、シングル・アクションとダブル・アクションの違いがあります。ペダルの数は同じ7つですが、モダンハープはダブル・アクションといって、一つの音をそのままのナチュラルか、半音上げるシャープ(#)、半音下げるフラット(♭)の3段階の変化がつけられるのに対し、古楽器のシングル・アクションは2段階のため、同時にフラットとシャープの音は出せず、あまり音の込み入った曲は演奏できません。弦の数はモダンハープが47 本、古楽器は39本で、楽器のサイズも古楽器の方がずっと小さくて、重さはモダンの半分弱の16kgほどです。

音色や弾き手としての感触の違いはありますか。

古楽器は張ってある弦の間隔が狭く、張り自体も弱いです。モダンハープも同じガット弦(羊腸弦)ですが、古楽器の方が細い弦です。音色としては、全体的に響きが少ないためか、よりピュアでストレートな音が出ます。弾きこなすには繊細なコントロールが必要ですが、慣れると微妙なニュアンスが出しやすく、表現の幅がぐんと広がって、とても弾きがいがあります。古楽器をしばらく弾いてその感覚に慣れたあとにモダンハープを弾くと、現代の楽器の巨大さや強さに圧倒される感じがして、「なんと力が必要で、微妙なニュアンスが出しにくい楽器なんだろう…」と思ってしまいます。そういう意味では、古楽器とモダン楽器は完全に別の楽器と言えますね。

楽器については、11/14(水)のプレトークで更に興味深いお話を伺えそうで楽しみにしています。さて、今回のコンサートのプログラムについて、聴きどころをお聞かせください。

前半が古楽器、後半がモダンハープでの演奏です。コンサート始めはJ.S.バッハの鍵盤楽器のための作品で、皆様の知っている曲で古楽器の音色に馴染んでいただきます。そして、大バッハの次男のC.P.E.バッハ「ハープのためのソナタ」とシュポア「ハープのための幻想曲」と、ハープオリジナルのレパートリーをお聴きいただきます。シュポアはベートーヴェンより少し後の時代の作曲家なので、古楽器で弾くにはぎりぎりの作品ですが、古楽器ならではの演奏の魅力を味わっていただけると思います。プログラム後半は、フランスの作曲家によるハープのために書かれた作品を中心におおくりします。もともとピアノ曲であるドビュッシーの「月の光」は、後半の導入として。ハープにもとてもよく合います。タイユフェールは“フランス6人組(20世紀前半フランスで活躍した作曲家たち)”の一人で、「ハープのためのソナタ」はハーピストのスタンダードなレパートリー。女性作曲家だけに華やかさもあり、現代的でありながら優雅な作風です。現代最高のオーボエ奏者で作曲家のホリガーの「“ヨハネ福音書”第1章32節によるセクエンツァ」はホリガーが23才のときに、奥さまのウルスラさんに贈った曲です。「聖霊が鳩のように舞い降りてイエスにとどまるのを見た。」という一節からインスピレーションを受けて書かれた、現代作品ながらも表情豊かな小品です。続くサルツェードの「夜のうた」は爪によるグリッサンドや共鳴板をたたくなどの特殊奏法を使った小品で、ホリガーと並んでプログラム全体をぴりっと引き締めるスパイスのような曲です。サルツェードはフランスからアメリカに渡ってメトロポリタン歌劇場の首席ハーピストを務め、独自のメソッドを確立した教育者でもあり、ライオン&ヒーリー社(シカゴにある、伝統的なハープ・メーカー)からは、自らがデザインにかかわった「サルツェード・モデル」という楽器も出ています。ラ・プレールの「雨にぬれた庭」は詩人アンリ・ド・レニエの詩をもとにした描写的な印象派作品です。なぜかあまり演奏されないですが、恩師のスーザン・マクドナルド先生のお気に入りの作品です。最後はハープのスタンダード曲で、サルツェード同様フランスからアメリカに渡って、ハーピスト・教育者・作曲家として大きくハープ界に貢献したグランジャニーの「ラプソディー」で締めくくります。

近況をお知らせいただけますか。

今年4月にベトナム国立交響楽団とハノイで共演して、同じアジアの一員として親近感を持ちました。ベトナム料理もおいしいし、8月にはプライベートで遊びに行ってきました。11月から12月にかけては、イスラエル国際ハープコンクール(※吉野さんが1985年に優勝して飛躍のきっかけとなった権威あるコンクール)の審査員を務めると同時に、今年は日本とイスラエルの国交60周年の記念年でもあるので、笙の宮田まゆみさんとイスラエル各地でコンサートを行うことになっています。

世界中のさまざまなアーティストと共演されて、室内楽の名手でもある吉野さんですが、アマチュアの方へ、何かアンサンブルのアドバイスをいただけますか?

アンサンブルの相手と一緒に呼吸をすることですね。弾き始める前の呼吸を一緒にすれば、自然とタイミングが合うと思います。あとは、相手がやりたい音楽を一生懸命聴いて、自分の中でイメージすることでしょうか。これは音楽に限らず、人との会話でも相手をよく見て、相手がどう思っているのか想像しながら話しますよね。アンサンブルでも同じで、相手のことをよく聴いて、考えながら演奏します。自分が持ってないものを持っているはずだから、それを知ることもとても面白いのです。

デビュー25年を過ぎ、何か音楽観の変化はありますか。

ハーピストである母の影響もあり、ハープは自分にとって、本当に自然で身近な存在です。アメリカで出会ったハープの恩師のスーザン・マクドナルド先生をはじめ、素晴らしい数多くの共演者にも恵まれ、自分はたくさんの出会いに支えられて育てられてきたことに、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。自分の音楽の根っこの部分は変わらないですが、最近は以前より、一つの曲に向き合う時間が長くかかるようになりました。表現や解釈の、より多くの可能性を考えるようになったのだと思います。