Fhilia Hall
アーティスト インタビュー

東京クヮルテット
ヴァイオリン:池田菊衛

2013年5月17日 19:00コンサートの詳細

 

万感のラストコンサートに臨む。

1969年にジュリアード音楽院にて日本人4人で結成し、1970年ミュンヘン国際コンクールでは、二次予選を終えて第一位決定という圧倒的な優勝を果たして以降、世界最高峰の弦楽四重奏団として長く活躍してきた東京クヮルテット。ついに44年間の歴史に幕を下ろすことになった今季、5月のフィリアホールでの公演を前に、ほぼ創立期から(1974年-)のメンバーである第2ヴァイオリンの池田菊衛さんにお話を聞きました。

 

 

フィリアホールには、1995年、2007年に続き、3度目のご出演です。大変残念ながら今回が正真正銘、最後となってしまうのですね。

 

はじめは、僕とヴィオラの磯村君が抜けて新メンバーに交代すると決めて発表したのですが、第1ヴァイオリンのマーティンとチェロのクライヴが、新たなメンバー選定のために半年以上かけて色々な人と演奏してみたけれど、なかなかぴたりと意気投合するメンバーが見つからなかったのです。古株の2人が同時にやめることもクヮルテットにおいてはとても大きな変化ですし、しかも「東京クヮルテット」の名前で継続するためには日本人メンバー、あるいは日本をバックグラウンドに持つ人を迎えたいと考えていました。そもそもその名前をつけた理由は、ニューヨークのジュリアード音楽院で日本人4人だけでやっているという強烈なアピールのためでしたから。また、同じ日本人といっても、ずっと日本育ちの人と海外が長い人でも結構感覚が違いますよね。一緒に弾くだけでもその違いは感じると思います。ピンと来ないというか...。そういうわけで、彼らも無理はせず、潔く「東京クヮルテット」をやめることにしたわけです

 

最後のワールドツアーはどのようなスケジュールなのでしょうか。

 

すぐ2月末からヨーロッパに行き、パリ、マドリッド、ウィーン、そしてイタリアをまわり、その後、ブリュッセル、ルクセンブルクで、オランダのマーストリヒトで公演をやります。3月下旬にようやく一週間くらいの休みがあって、4月に入るとアメリカ各地での公演、5月に日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドをまわり、それからニューヨークに戻ったら3日後にまたヨーロッパ。それが6月です。当初それで解散の予定だったのでのすが、付き合いの深いイェール大学の学長さんからどうしても「コネチカット州のノーフォークで最後のコンサートをやってくれないか」と言われて、それが7月で全て終了です。これから5ヶ月で80回!もコンサートがあります。

 

メンバーの皆さんの解散後のご予定は?

 

それぞれ後進育成に励みます。マーティンとクライヴは西海岸のロサンゼルスに引っ越して、コルバーン・スクールでソロと室内楽を教えるそうです。僕と磯村君はイェール大学に残って、磯村君はマンハッタン・スクール・オブ・ミュージック、僕はニューヨーク大学などでも教えます。住む場所は今までと変わらずニューヨークで、日本には年数回来て、磯村君は桐朋学園、僕は洗足音大で教える予定です。

 

弦楽器4本というシンプルな編成ながら音楽的に全てを満たしている弦楽四重奏の分野に、40年身を捧げてきたことにあらためて敬意を覚えます。長く続けてこられた原動力は何でしょうか

 

まずはクヮルテットの曲のもつ有り余る魅力です。汲んでも汲みきれない計り知れない深さがありますから。ドビュッシーにしてもラヴェルにしても若い時に素晴らしい弦楽四重奏曲を書いていますが、残念ながらその後は書いてないですよね。作曲家にとってそれだけクヮルテットに向き合うのは大変なのだと思います。すべてが集約された編成なので、その本質を理解するのはとても難しいことです。一方で極めて完成された名曲が多く、プロとしてやらなければならない曲は膨大にあり、いまだに僕だって知らない曲、知らなければいけないのに弾いたことのない曲がたくさんあるのです。それと実際4人で弾いたときの音の魅力。クヮルテットの音は1つじゃない。音の響きはグループによって全く違って、それが僕にはとても面白いし、逆にそうでなければならないと思うのです。

 

その違いを作る要因はどういうところから出てくるのですか?

 

もちろん4人のメンバーが目指す音楽の方向性があって、長年弾いていくことによって一つの調和が自然とできてきます。それにお国柄も多分にあります。例えば、ワインが醸成されて深みのある味わいが出てくるのと同じです。どんなに腕達者なソリストが4人集まっても、良い音がするかというと必ずしもそうではない。熟成するには最低7~8年、場合によってはもっとかかると思います。

 

そもそも池田さんがクヮルテットを志そうと決めた理由は何なのでしょうか。

 

中高一貫の進学校に通っていたのですが、中学3年のときに、担任の先生に「君はヴァイオリンをやめなければ良い大学に入れない」と言われ、逆に音楽の先生からは「君は才能があるから高校から音楽の道にすすむべきだ。」と言われて、選択を迫られたのです。ヴァイオリンはどうしてもやめたくなかったので、高校にそのまま進級しつつ、ピアノの練習や楽典の勉強を始めて、大学から桐朋音大に入りました。大学に入ってすぐ、チェロの堀了介さんから気軽に誘われて初めて弾いてみたクヮルテットの曲がハイドンの「ひばり」でした。その瞬間、調和する響きと音を創る喜びで、僕は一気にクヮルテットの虜になってしまったのです。桐朋にいた間はもうクヮルテットに明け暮れる毎日で、あちこちでいろんなメンバーと弾きました。

 

東京クヮルテットへの入団の経緯はどういったものだったのでしょうか。

 

1970年に東京クヮルテットがミュンヘン国際音楽コンクールで劇的な勝ち方をして活躍を始めた頃、原田幸一郎君(当時の第1ヴァイオリン)から電話をもらって誘われました。願ってもないことで、僕は5秒後にはやると返事していました(笑)。71年にジュリアード音楽院に留学したのも東京クヮルテットに入るためでした。普通クヮルテットのメンバー交代というと誰かがやめてあわてて次を探し、場合によっては直後にコンサートをやらなければならないこともある中、僕の場合は3年間の周到な準備期間があったので、74年に晴れて新メンバーとして加入したときにはスムーズに馴染んでいくことができました。何より幸運だったのは、創立メンバーで第2ヴァイオリンだった名倉淑子さんがオープンな性格でさまざまな助言をしてくれる良い関係でいたことです。名倉さんは結成したときから、次が見つかるまでの間だけの活動とのことで、けんか別れしたわけではなかったのです。

 

メンバー変遷を幾度か重ね、素晴らしい録音の数々も残されました。半世紀近くの取り組みを振り返ってみて、とくに印象深いことを挙げるとすれば何でしょうか?

 

語り尽くせぬ想いがさまざまありますが、そうですね…シューベルトでしょうか。僕たちはシューベルトのチクルスをやった数少ないグループで、その録音も15曲全部入れました。ベートーヴェンの全16曲録音も特別の想いがありますが、それはほとんどのクヮルテットがやっていることですから。1990年代にシューベルティアーデというオーストリアの音楽祭で、1週間かけてシューベルトを全曲弾いたことも素晴らしい想い出です。

 

現在の4人のメンバーになって10年。アンサンブルで大事にされているポイントは何でしょうか?

 

創立当時から今まで考え方はあまり変わっていないのですが、僕たちはリーダーというものを認めない。リーダーが牽引するグループもとくにヨーロッパではたくさんありますが、僕らは皆がいつでも自由に発言できるし、それに対して反論もできるスタイルです。

 

5月の公演のプログラムの聴きどころをお聞かせください。

 

僕らの方針として同じ時期にあまり手を広げてたくさんの曲を演奏することはしないので、今回のワールドツアーで80公演やりますが、弾くのは全部で曲にして11~12曲くらいで、今弾きたい、弾くべきと思える厳選した曲ばかりです。そのうちの3曲、まずハイドンの弦楽四重奏曲第81番ト長調Op.77-1はハイドンが67歳のときに書かれた作品。僕が今年66歳なので、ひとつ上ですね。とても晩年とは思えない若々しさと躍動感に溢れ、それでいて斬新さもあり、ベートーヴェンの晩年の深さとはまた違った、突き抜けた自由さと味わいに満ちています。コダーイの弦楽四重奏曲第2番Op.10は珍しい作品かもしれませんが、素晴らしさをぜひご紹介したいと思ってプログラムに組み込みました。初めて聴く方でもこの曲を嫌いと言った方には今まで出会っていません。ハンガリーの民謡を元にした音楽なので、どこか日本古謡とも通じるような、深いところで共感を覚えるのです。バルトークもハンガリーの作曲家ですが、友人曰く、バルトークは国際的に外からハンガリーを見ているのに対し、コダーイは内側からハンガリーを描いているらしく、それでより親密さがあるのかもしれません。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調Op.131は古今東西のあらゆる曲のベストワンの候補のひとつに入るであろう名曲です。数え切れないほど演奏してきていますが、ますます想いは深くなるばかりです。感情の極みと自由な即興性が奇跡的に両立した傑作です。嬰ハ短調から一転嬰ハ長調で締めくくる最後は本当に劇的で誇り高く心を揺さぶります。

 

4本で1セットの銘器ストラディヴァリウス「パガニーニ・クヮルテット」を95年から日本音楽財団から貸与されて弾いていらっしゃいますが…。

 

同じストラディヴァリウスといっても、一番古いのが1680年製のヴァイオリン、新しいのが1736年製のチェロと50年以上の制作時期の開きがあって、響きの特徴はかなり違います。ただ、素晴らしいのは、ピカソの絵のように時代によって作風が全く異なっていても、全てが第一級品だということです。クヮルテット解散後は日本音楽財団にお返しすることとなるので、今回でお別れですね。

 

一流の音楽家には何が必要でしょうか。若い人たちへのアドバイスをお願いいたします。

 

ピアニストのラドゥ・ルプーとシューマンのピアノ五重奏曲を共演したときに、ルプーの素晴らしい語り口に大いに魅了されて、忘れがたい体験をしました。過去から現在に至るまで、名演奏家なら誰を聴いても分かるように、皆それぞれ唯一無二の飛び抜けた個性を持っています。決して奇をてらうことなく、自らが発するオリジナリティーにじっと耳を傾けてほしいです。

 

 

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