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佐藤卓史 (ピアノ)

出演日:2016年3月9日(水)11:30

Wednesday 09 March 2016 , 11:30

音楽を総合的に追求するためのピアニズム。

音楽を総合的に把握したいという欲求が強い人間で、そうなるとピアノという楽器はそれに向いている楽器です。幸せな出逢いをしたなと思っている一方、必ずしもこれからずっとピアノだけを追求するという感じではなくて、ピアノを使ってどういう音楽をやるかということのほうに、どちらかというと興味があります。

フィリアホールへの登場は、2007年にヴァイオリンの佐藤俊介さんとグリーグのヴァイオリン・ソナタ全曲というプログラムで出演頂いて以来になります。そのとき、ホールの響きはいかがでしたか。

初めてその時フィリアホールで弾かせて頂いたのですが、とてもゴージャスな響きといいますか・・・響きも勿論美しいのですが、上から降ってくるような感じがステージにも聞こえてきて、それが印象に残っています。

 

4才からピアノを始め、日本音楽コンクールなど多くのコンクールに入賞されてから、ドイツに留学、その後ウィーンで勉強されています。ピアニストになろうと思われたきっかけを教えてください。

私の両親は音楽家ではなく、友達がピアノを弾いているのを見て、「僕もやりたい」と言って習い始めました。それからコンクールに挑戦するようになったり、小学校に入った時に秋田県にアトリオンという新しい音楽ホールができて、世界の名演奏家を毎月のように呼んでいたのですが、目の前で本当に素晴らしい演奏をするのを目の当たりにして、ピアニストという職業はいいなあと、漠然とですが憧れるようになっていったのです。何か大きな分岐点やきっかけがあったわけではないのですが、段々とそちらのほうに傾いて、全国のコンクール等にも挑戦するようになったところで、周りの先生方から、もし本当にプロになるんだったら高校から東京に行って勉強しなさい、と勧められました。それで中学2年の時に藝大附属高校を受けることを決めました。その時が転機と言えば転機ですね。

 

その後大学を出られてから、30代までは勉強の時期、ということで、他のピアニストの方に比べても長い間欧州にいらしたと思うのですが、日本と海外との違いというものを感じられたところも大いにあると思います。ドイツ・ウィーンで学ばれた中での印象深いエピソードなどを教えて下さい。

ドイツでついた先生はアリエ・ヴァルディというイスラエル人の先生で、日本でレッスンされているのを聴講して、この人がいいと思って師事することにしたのですけれども、留学して最初の頃にレッスンで言われた言葉が、「もっと自由になりなさい」という事でした。「タカシの演奏はちゃんと準備できていて秩序立っていて、とてもよく訓練されているけれども、それだけでは優秀な学生であるに過ぎない。そこからアーティストになるためには自由になることが必要だ」と。
ただ、「自由になる」というのは「いい加減にやる」とか「好き勝手にやる」ということとはまたちょっと違いますよね。クラスに色んな国の留学生が来ます。日本人は割とパキッと弾く人が多いのですが、そうじゃない、かつ優秀な学生たちのレッスンを聴いて、彼らに先生がどういうレッスンをしていくのかというのを聴いていくうちに、段々自分の中で、ああ、こういうことなのかな、と分かってきたことがありました。私が思うには、日本でクラシック音楽を学ぶというのは、外部にお手本、模範のようなものがあって、こういう風に弾かなければいけない、こうやって弾いてはいけないという禁止事項もある。ある意味、お手本のとおりに真似をして、いかにそれを細かいところまでやすりをかけて磨いていくか、ということが、日本で音楽を勉強する究極の形というところがあると思うのです。
が、ヨーロッパでは手本を真似するのではなく、自分がその模範となっていく。脈々と続いてきたクラシック音楽の歴史を創造し、自分がその一部分になる。自発的に音楽に関わっていって、そのためにはこれまでの音楽の歴史、演奏の流れ、それから時代精神といったものを勉強して、それを楽譜の中から受け取っていって、新しい曲を勉強するときにそれを自分の中の蓄えとして導引していくといった形で音楽にアプローチしていく。というところが、日本にいたときとは感覚が違うなと思ったところですね。

 

そして日本に戻られてからの活動では、直近で続いているシューベルトのツィクルス、その前にもベートーヴェンの4大ソナタのコンサートと、特定の作曲家にテーマをあてたコンサート企画を非常に熱心に企画されている印象があります。やはりそれは意識して、こだわりがあってやっていらっしゃるのでしょうか。

そうですね、シューベルトに関してはこの後ライフワークとして、少なくともあと10数年はやっていくべき課題だと思っています。シューベルトが一番好きな作曲家ということもあって、ぜひ自分が生きている間にシューベルトの全てのピアノ曲というものを網羅してみたいという思いがありまして。そのためには元気なうちに始めて、15年以上かかるわけですから、ちゃんと指が動いて弾けるうちに終われるように、と思っています。シューベルトは自分にとって特別な存在で、これからもずっと寄り添っていきたい作曲家だなと思っています。
ベートーヴェンに関しては、特にこれまで勉強してきたことの集大成というか・・・ベートーヴェンはどんなピアニストにとっても重要なレパートリーだと思うのですが、特に私は幼い頃からベートーヴェンが得意な先生についたことが多くて、そして留学先もたまたまドイツとウィーンというベートーヴェンにゆかりの深いところで、その伝統のようなものを学んできたという気持ちもあったので、帰国したタイミングで何かちゃんとしたリサイタルをといった時に、ベートーヴェンだけで勝負するのが、自分がこれまで勉強してきたものを披露するには一番いいのではないかなと思って組みました。

 

それ以外にも、ブルグミュラーの練習曲を取り上げた珍しい企画も実施しています。やはりそれだけ取り上げる意義を感じられたと思うのですが、どのような経緯で実現したのでしょうか。

もともとブルグミュラーの有名な「25のやさしい練習曲」という曲集が好きでした。最初は子供の頃に勉強したのですが、素敵な曲ばかりで、例えばシューマンの「子供の情景」だとか、ロマン派の小品集のようなテイストのある曲だなと思っていて。いつかCDに、所謂教材としてではなく曲集として入れたいという希望があって、レコード会社の方と相談する中にアイディアとして出していました。当初は別の企画を進めていたのですが、あるとき「前に話していたブルグミュラーでもやりませんか」とお話を頂いて、それなら、ということで、1枚目には「25の練習曲」とその弟のノルベルト(・ブルグミュラー)という組み合わせになりました。ノルベルトの曲はあまり録音も無いですし、一般にはほとんど知られていない曲ですから、それを紹介するという意味を含めて作りました。それから2枚目にブルグミュラーの「18・12の練習曲」を対になるように作りました。その中でブルグミュラーという人の、ドイツで勉強してその後フランスで活躍していたという、非常に特殊な背景のある・・・私自身ドイツ・ロマン派が好きなので、そのエッセンスを、基礎的な、子供でも弾けるようなテクニックをもって表現するという作曲技巧も、すごく面白いなと思いまして。そのCDから、公開講座やコンサートなど、いろんな企画が出てきたのです。

 

そんな中、今回はランチ公演ということで、シューベルトのほかアルベニスの「イベリア」とエイミー・ビーチの曲など、というこだわりのプログラムです。プログラムの聴きどころ、コンセプトといったものを簡単に教えてください。

ランチタイムのコンサートということで、聴きやすい曲、そんなに時間の長くない小品を並べようと思っていますが、どこでも耳にするような単なる名曲だけではなくて、それでいてかつ聴いてみると心地良く、いい曲だなと思って頂ける曲を入れたいなと思っていました。
アルベニスは初めて弾くのですが、前からスペインものを弾きたいなと思っていまして、有名な「タンゴ」とかそういうものは弾いたことがあったのですが、もうちょっと本格的な曲をということで今回は「港」を選びました。
エイミー・ビーチに関しては、女性作曲家では私はフランスのシャミナードという作曲家が好きでずっと弾いているんですが、シャミナードとアメリカのエイミー・ビーチは同世代の女性作曲家ということで文通していたそうで、勿論作風はちょっと違うんですけれど、そういうことで興味を持ち、今回ご紹介という意味で一曲入れてみようと思いました。

 

今回はソロでのご出演ですが、前回のデュオや、室内楽・2台ピアノでも最近色々と出演されています。全てソロと違う面白さがあると思います。色々な方と共演されている佐藤さんならではの、それぞれの編成の面白さを教えてください。

ピアノソロは本当に一人きりで弾くものですから、結構色んなことを頭の中で考えながらやらなければならないところがあり、音楽の方向性をどちらに持っていくかということ、実際にどんな音を出すかということ、今弾いた音がどうだったかということ、つまり少し未来と、現在と、少し過去の3つの意識を同時並行的に進めていく印象で、結構頭を使う仕事ではあります。
それが1対1のデュオという形、たとえばヴァイオリンとピアノという形だと、向こうがソリストでこちらが伴奏する場面というのが結構多いわけですね。ただ、ヴァイオリンだけでは世界の全体というものを作れないので、「こうあるべき姿」があったとすると、相手はどの部分をやっているかということーそれは人によって違うわけですね、ほんのちょっと位しかやらない人もいれば、あっちがすごく沢山やっている場合もある。じゃあ、そこに足りない部分を、その都度バランスを取りながら補って、世界を完結させていく、というのがデュオの仕事かなと思います。本当に気心の知れた人達だと、どこで主張をしてくるか、ちょっとびっくりするようなところでやって来て、こちらも仕返したり、そのやり取りが楽しいですよね。人数が多くなればなるほどそれは難しくなるので、ある程度こんな風にしましょうと、リハーサルでちゃんと言葉を使って決めていく感じになっていくわけですが。

 

佐藤さんは、ピアノを弾いていないお休みの日は何をされていますか?趣味や、今はまっていることなどを教えてください。

家事的なことで言うと、料理は昔から結構好きで。公演の前とかで準備の時間がないと凝った料理はできないのですが、時間が空くと買い出しに行って、何か決まった料理を作るのは結構好きですね。

 

住まれていたハノーファーとウィーンで、好きなスポット、それぞれの都市でこの場所はよく行っていたという所があれば教えてください。

ハノーファーの音大の目の前のアパートに住んでいたのですが、音大の裏が広大な公園というか緑地になっていまして(アイレンリーデというのですが)、ハノーファーで一番広い森というか、奥まで行くと本当に帰って来られないくらいのところで。そこでちょっとジョギングをしたり写真を撮りに行ったりとかいうのは、思い出に残っていますね。季節によってすごく表情が変わって、夏になると葉が生い茂るので、中は暗く鬱蒼とした感じになりますし、冬になるとそれが全部落ちちゃうものですから、本当に「冬の旅」の世界みたいな所で・・・ハノーファーはとても静かで、観光客も少なく、落ち着いた感じの広々とした街でした。
あとはウィーン・・・一つだけあげるのは難しいのですが(笑)非常に印象に残っているのは、カーレンベルクという丘です。ハイリゲンシュタットから更にバスで行ったところにある、ウィーンで一番高い丘の上で、そこからウィーン市街を一望出来るというようなところ。丘の上から足で下っていって、30分位歩くとベートーヴェンの遺書の家辺りに下りてくるんですね。その中腹くらいにホイリゲ(heurigeワイン酒場)があってーといっても料理はほとんど無くてワインしか出さないところなのですがーそこの景色を眺めながらワインを飲むと非常に贅沢(笑)。

 

佐藤さんにとって、ピアノという楽器はどういう存在でしょうか。

たまたま友達がやっていたからという理由で最初に始めた楽器で、他の楽器はほとんどやったことがないものですから、偶然出会ったという感じで、自分がピアノしか出来ないとか、そういうふうには思っていないんです。今は勿論一番使い慣れた道具というか、それで自分の音楽を表現したいと思っていますが、もしヴァイオリンを最初に始めていたらヴァイオリンをやろうと思っていただろうし、それでプロになれていたかどうかはまた別の話ですけれど、楽器にはそんなにはこだわっていないですね。
ただ、私は音楽を総合的に把握したいという欲求が強い人間で、そうなるとピアノという楽器はそれに向いている楽器だったなと。その部分では幸せな出逢いをしたなと思っていますけれど、必ずしもこれからずっとピアノだけを追求して、たとえば演奏法の追求に向かうという感じではなくて、ピアノを使ってどういう音楽をやるかということのほうに、どちらかというと興味があるかなと思っています。

 

シューベルトのツィクルスとも別に色々なコンサートをされていますが、今後の展望、ぜひやりたいことがあれば簡単に教えてください。

今のところやはりドイツの古典派・ロマン派の音楽というものが自分のレパートリーの核になっています。シューベルトがメインのプロジェクトなのですが、ベートーヴェンのソナタは全部レコーディングしたい希望があり、1枚だけウィーンで撮りました。ぜひこれはこの後も継続して、ウィーンの空気と一緒にレコーディングしていきたいなと。おそらく完結はシューベルトが終わった後くらいになるかも知れませんが。
それ以外の作曲家でやはり気になっているところは、自分の中で自信が出来たらモーツァルトとか、あとは意外と、メンデルスゾーンですね。その辺は非常に興味があります。メンデルスゾーンに関して言えば、シューベルトと同じく研究されていない部分が多い・・・シューベルトはある意味ではちゃんと研究はされてはいるのですが、全貌が容易に把握できないというところがあって、一方メンデルスゾーンは研究じたいが進んでいないという問題があります。まだこれから沢山発掘や発見があるんじゃないかなと思うので、そういう作曲家に取り組んでみたいですね。

 

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