Fhilia Hall
アーティスト インタビュー

トリオ海(メア)(ピアノ・トリオ)

2017年3月26日 14:00コンサートの詳細

 

トリオを通じて学ぶ、室内楽の醍醐味。

2013年からはじまった、地元・青葉区民のボランティア有志でコンサートの企画制作を行う「青葉区民企画」。今回4回目を迎える「未来にはばたくドリームコンサート」が、3月26日(日)に今年も開催します。楽器を学ぶ青少年に、音楽のすべてが凝縮されていると言われる「室内楽」を通じて、音楽のより深い愉しみ方を知ってほしい!というこの企画、今回は新進気鋭の常設ピアノ・トリオ「トリオ海(メア)」の3名を講師に迎えて、4人の青少年が研鑽の結果を披露します。期待の公演に向けて、講師のチェリスト・海野幹雄さんに、お話を伺いました。

 

 

「トリオ海(メア)」という名前の由来を教えてください。

 

メア(Meer)はドイツ語です。本当は漢字・アルファベット・カタカナと3つ書きたいのですが、文字数が増えてしまうので…。最初は摩耶ちゃん(甲斐)から、「海」という漢字一文字の名前はどうかと提案がありました。「海」というのが、「海野」が二人いて、「かい」とも読める。「海(うみ)」なのか「海(かい)」なのか、どちらに読むの?というのはあえて謎にしておこう、と。
その頃の僕らの演奏スタイルは、曲を僕らが解釈して表現をする、こんな風に感じて弾いている、という時に、お客様が同じように受け取るとは限らないのが、歌詞のない器楽のクラシック音楽だよね、と話していた時期でした。たとえば「悲しい」は「悲しい」でも、どういう「悲しい」か。演奏者のもつイメージと、聴き手も年配の方から若い人まで、それぞれ「悲しみ」の意味や感じ方が違う。それをどう受け取ってもいいのが、我々がやっているクラシック音楽のいいところだよね、と話していた時期でした。そんなときに名前を決めることになり、「海(かい)」とか「海(うみ)」とか、一応漢字一文字にしようと決まったんです。
そうしたら、いろんなホールとかマネージャーの方から、読み方がないと宣伝しづらい、「うみ」か「かい」か決めてくれ、と言われてしまい。その時に「かい」とするのは嫌だ、と摩耶ちゃんが、「うみ」とするのは僕が嫌だ、と言いました。摩耶ちゃんは子ども時代も長くドイツに住んでいたし、大人になってからもドイツのオーケストラでコンサートマスターをされていた時期もあるから、それならドイツ語読みにしよう、と。最初は「メア」だけになる話もあったのですが、先ほどの話もあり、漢字で「海」と書いて「メア」と読もうと。それでスペルが存在する…というややこしいところに落ち着きました。文字に起こしづらいんです(笑)。

 

読み方を複数作るというところが重要だったのですね。そこに現実的なところが加わったと…(笑)また、その中でも「海(うみ)」という、いろいろなものを受け入れるイメージの言葉が出てきたというのは…。

 

ネーミングにはこだわりました。やはり自然体であることを目指すところがこの3人の特徴で。海というのは自然を一番象徴する言葉だし、言葉としての意味も深みもあり、予測不可能なところもあるし、いい言葉だね、ということに…ちょっといい話でした(笑)。

 

そんなトリオを結成したきっかけはなんでしょうか?

 

摩耶ちゃんと最初に共演したのが2010年の10月で、そのときのトリオのピアノは新垣隆さんだったんです。その後、2013年の10月に現メンバー3人で集まって初めて演奏会を行い、2014年の11月に再共演した。その時にものすごく意気投合して、演奏会の評判も良くて、聴衆、主催者、自分たちのマネジメントも含めて、このトリオ、組んだほうがいいよ!という話で盛り上がって…名前をつけて公演をするのに、1年くらいかかりました。

 

最初に甲斐さんにお会いしたきっかけは?

 

オーケストラのお仕事でお会いしたのが、2000年頃かな。二人ともまだ20代半ばでした。面識はあったけれども、室内楽で共演するのは2010年の新垣さんとの公演が初めてでした。その後、彼女はドイツのオーケストラに就職して、帰国して地域創造の(登録)アーティストのオーディション会場で会って、その時手を振ったんですが、すごく仲がいいというよりは、「あ、知っている人だ」という感じの挨拶だったのを覚えています。そして二人とも受かって、2人で組むことになりました。その頃はトリオを組むことになるとは想像もしていませんでした。甲斐さんのこと、ちょっとコワい人だと思っていました(笑)。

 

それからどういうところに面白さを感じて、意気投合してこの3人でトリオをすることになったのでしょうか。

 

お互いの感性とか思いつき、心の赴くままの思いつき、というものをお互いに尊重し合える、尊敬しあっている関係なんですよね。

 

ぶつかり合いながらもお互いを尊重しあう、というのは重要なポイントですよね。たとえば新垣さんのようにメンバーが変わっていた時とは、また違っていましたか。

 

ぶつかり合いながらリハをするというよりは、お互いどんなことを感じているのかなあと探しながら…今のところはね。新垣さんの時は、甲斐さんと僕が初めまして状態だったのですが…メンバーによって全然違いましたね。

 

これからは常設という形で、そこをどんどん深められるということですね。ピアノトリオという編成の魅力について教えて頂けますか?

 

ピアノトリオは常設である必要がない、と思われているというところがないかな、と思っています。それによる良さもあると思う。弦楽四重奏だと、4人がぱっと集まって勝手に弾く訳にはいかないのだけれど、ピアノトリオというのは、バラバラに集まってワッと弾いたらそれはそれで面白いものが出来上がるという、そんなジャンルだと思うんですよ。だからこそ、よほどやろうと思わない限り、組む必要がないと思うんですよね。

 

確かに世界的に見ても、常設のピアノトリオというのは数が大変少ないです。

 

そうなんです。だから本来のピアノトリオの魅力といえば、ソリストが3人集まって、火花を散らすとか、必ずしも同じ方向を向いていなくてもいい。曲もそういう曲が多いんですよね。ワッとお祭りになる曲が多い。だけど、常設で組んでる良さというものもあるんです。寄せ集まったトリオでは出来ない、中身の濃いものを・・(笑)

 

やはりソリストが3人、と、常設でトリオをやっている方の演奏では、全然違うんですよね。ソリスト3人はそれぞれが個性を全力で出した結果がまとまりになるようなところがありますが、常設の方の演奏はもう1ランク、まとまり方が違う。

 

海野:合わせる、とかまとまって弾く、ということはあまり目指していません。少なくとも常設であるからには相手がどういう人であるかより深く知っていくことになるわけだから、リハーサルを経ることで相手がどういう感性を持っているのかをお互いがキャッチしながら演奏出来るトリオになれるのではないかと。

 

それがたとえば、カルテット(四重奏)やクインテット(五重奏)とはどう違うのでしょうか。デュオ(二重奏)を除くとトリオが最少の室内楽編成ですから、より遠慮無く出来る、という点がありますね。

 

海野:カルテットとなるともう少し敷居が高い。もっとリハーサルの数も必要になってくる。トリオには、そういうところはありますね。まとまりを重視する必要が無いという。それは常設であろうとなかろうとそうかも知れない。

 

一番好きなピアノ・トリオの曲を教えてください。

 

難しいのですが、ベートーヴェンが書いたピアノトリオは、僕ら「トリオ海」の課題というか、軸にしていきたいと思っていて、全部やっていこうという話になっています。トリオという意味合いだけでなく、音楽の歴史上重要であり、僕はユニークだと思うんですけど、時代的にもいいところにいるんです。モーツァルトのちょっとあとにいて、時代の流れとか、音楽の歴史の流れとしてもいいところにああいう人がいたから、タイミングが良かったし、すごく重要な作曲家だと思います。

 

ベートーヴェンの作品から初めて、弦の助奏付きピアノ・ソナタから、完全な室内楽としてのトリオというものが成立した、と言われることもあります。

 

そうですね。だからその前の時代のトリオを弾くと、チェロパートももちろん、ヴァイオリンパートでさえ、ピアノの右手の助けで、左手なんかあれば、チェロいらないかも…と(笑)だからある種、初めてピアノトリオを三重奏として書こうとした作曲家かもしれないですね。彼の中でもピアノトリオの番号を追っていくと段々と楽器の使い方が変わってくるんですけど。

 

海野さんは2年前の「ドリームコンサート」では、弦楽四重奏でのチェロの講師を務めていただきました。その時の受講生の反応などはいかがでしたか?前回チェロの子は小学生でしたが、今回は音楽高校に在学中の高校生ですから、またちょっと違う感じになりますね。

 

反応が良かったですよね。その場ですぐ反応する子もいたり、次のレッスンまでの間にまた変わってくる子もいたり。その子供たちの変化を見るのも、こちらも勉強になりました。高校生は、おそらく厳しくなると思います(笑)。

 

海野さんはこうした青少年育成企画やアウトリーチに積極的に関わられています。その意図や意義、考えていることを簡単に教えてください。

 

やっている時は、今のこの時間を、どれだけ子供たちが興味を持って楽しんでくれているか…欲を言えば「開眼する」とか「視野が広がる」とか、あるいは子どもたちが見たことのない方向を向くようになるとか、いい刺激を伴った興味を持ってくれれば…と思っています。
子どもは未来ですよね。その子達が音楽を弾く人でもいい、聴く人でもいい、どちらにしても文化的な感性を持った人たちが増えて欲しい、という気持ちが根底にあるかも知れない。やっているうちに、段々考えるようになったのかもしれない。最初は子どもたちに音楽を届けたいと思う前に、子どもたちに音楽を聴かせる機会を先に提供されたタイプなんです。そこが実はうしろめたいところもあって。先に機会をもらって、それから子供たちの顔を見て影響を受けて、ああ、こんなにいいことをさせてもらっているんだなと気付いて、そこからもっと積極的に関わるようになっていった、という感じです。

そういった活動にいわば巻き込まれていった、というのは、あまり多くないケースかもしれませんね。

そうですね、機会があったということだからラッキーでしたね。最初は戸惑いもあったし、模索もありました。僕は体育館や音楽室でも公演をするのですが、やりようによっては子供たち全員が一体感を得たりする。でも音楽から外れるというか、より媚びを売らないと、その時間を楽しんでもらえない可能性が残ったり。学校からの要望もあったりするので、臨機応変が良いのでしょうか。校風や先生によっても違うし。先生も結構影響力がありますよね。

同じ文化でも、学校から与えられている文化と、そうでないもの、というのは子どもの感じ方・受け取り方が違うと思います。学校から与えられるものは、まず義務として受け取らなければならないという感じで受け取る、そこからまた反発が出るのか、いい子になって受け入れようとするのかが異なる。アウトリーチを企画する上で難しいポイントですね。

僕がアウトリーチをやり始めた頃は、やはり「いい子」がそろっているとストレスが無くてやりやすかったんです。みんながにこにこしていて、すごく興味を持ってくれて。予定どおり終わって、時間も押さずにすっきり終わったはずなのに、偽善者ではないけど…何かしっくりこない風に終わるとそういうことを感じるようになった時期がありました。でも次第に、ピアノのところに集まっておいで!と声をかけても来なかったり、もし興味が無さそうだと、本音を出してくれていると考えて、その場で臨機応変に、こちらを見ない子に声をかけたりとか(笑)、面白くなったんです。いい子だけではない、色々ですよね。

たとえば、施設で子どもたちを募集したような形だと、興味があって応募したといういい面はありますが、クラスというまとまりじゃなくて、子どもたち同士が他人でしょう?そうするとまた全然やり方が違いますね。小学校を訪れる方が、いつもの仲間が集まっていてリラックスしているから…。

 

今、音楽を学ぶ青少年にメッセージをお願いします。

 

摩耶ちゃんから一言…「アンサンブルをする時は、乗り移り、乗り移られることが醍醐味。作曲家も共演者も。」なるほど!と思いました。僕はさっき感性を「キャッチする」と言いましたが、それよりも踏み込んだ表現ですね。トリオに限らず、たまに本番中に作曲家が「降りて」きたかも、と、自分が自然でいられることが時々あるんですよね。きっとそういう時が増えた演奏家が「巨匠」と言われるのでしょうね(笑)単に、自分が一番自然でいられて、何かとリンクできただけなのかも知れませんが、こちらが作曲家に入り込むこともあるかも知れません。

音楽を学ぶ青少年に対してのメッセージとしては、2点。まず、「楽譜を読む」ということをおろそかにしてほしくない、ということ。音符があって、指使いとかクレッシェンドとかのニュアンスがあり、それぐらいで「楽譜を読み終わった」と思いがちですが、本当はそうではなく。音形が上がっているとか下がっているとか、そういうことでもいいですし、なんでもいいから楽譜を見て音をとらえようとする作業、音の並びを掴み取ろうとする、自分の中に取り込もうとする作業をずっとやめないでほしい。特に弦楽器の方にはピアノの伴奏譜をよく見て、止まりながらでもいいからピアノの部分を弾いてみるようにしてほしいです。5分の曲を1時間かかってもいいから、弾いてみる。そうすると多角的になるし、そういう勉強をしなさいという僕の発言が、必ず感性を持ったいい演奏に必ずつながると思います。
一方でよく「イマジネーションを持って弾きなさい」と僕は言うのですが…例えば「もっと色合いを感じてみたらどうか」とか「どんな景色を思い浮かべている?」とか、子どもだったら「悲しい」かそうでないか、とか。そういうイマジネーションの話と、楽譜を読み解く作業というのは、行きつく場所が同じだと僕は思っているんです。どうしても「楽譜を読むこと」と「イマジネーションを持つ」ことは平行に考えがちですが、楽譜ばかり読んでいる子は、もっとイマジネーションを感じなさい、とか、あまり楽譜を読まないでイマジネーションばかり感じている子は、もっと楽譜をきちんと読みなさい、と。違うことをやりなさいと言われているように思いがちですが、実は必ず両方が同じところを目指しているんですね。

 

ありがとうございます。それでは、聴きに来るフィリアホールのお客様にもメッセージをお願いします。

 

前日の公開リハーサルから、ぜひ来ていただきたいです。子どもの成長がお客様の目に触れていない段階でオーディションをし、何度もリハーサルを重ねて最終的にハレの舞台があるわけですが、実は一番楽しいのは過程なんです。そのすべてをお見せすることはできないのだけれども、そして本番はもちろんいらして頂きたいのですが、前日の公開リハーサルも来てくださったら、前日と当日の違いを感じて頂けると思います。一昨年参加させて頂いた経験からしても、そこも醍醐味ですね。それぞれの年代のそれぞれのレヴェルの子が、それぞれの子なりに、頑張っていればいい。今まさに成長まっただ中のいろんな世代の子たちを厳選しました。その子達それぞれの、努力の成果が見られるはずです!

 

 

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