Fhilia Hall
アーティスト インタビュー

ジョン・健・ヌッツォ テノール

2014年5月10日 14:00コンサートの詳細

 

日常を越えて身体に響く“歌”

8年ぶりに復活する、土曜ティータイムコンサートシリーズ《音楽のある風景》。今回登場するのは、世界最高峰の舞台・ウィーン国立歌劇場やメトロポリタン歌劇場で活躍し、イタリア・オペラ・アリアから歌曲まで、力強くリリカルな歌声で人々を魅了する、ジョン・健・ヌッツォ。公演に向けて、メールでお話をうかがいました。

 

 

今回はイタリア・オペラ・アリアから歌曲まで取り揃えたプログラムになります。

 

イタリアの音楽文化聴き比べを、ぜひご堪能ください。ヴェルディ「第1回十字軍のロンバルディア人」のアリアは、今春からはじめて歌う新たなレパートリー曲です。また「リゴレット」の《女心の歌》は、1851年にヴェネツィア・フェニーチェ座で初演され、観客もこの曲を口ずさみながら帰ったというくらい、その夜から噂になった大ヒット曲。翌日にゴンドラの人達まで歌っていた程の大人気ぶりだったとも!軽快なメロディをお楽しみください。

 

特に好きなオペラ、声楽作品をひとつ挙げるなら何ですか?

 

プッチーニ「ラ・ボエーム」です。第3幕の音楽は、自分の中ではオペラ史上に残るすばらしい音楽だと思います。

 

“歌”には人々を魅了してやまない力があります。ジョン・健・ヌッツォさんにとって、その一番の魅力とは何でしょうか?

 

“歌”とは、日常の喜怒哀楽を越える感情を、音楽という美学を通して体に直に響いて感じてもらえるものです。

 

そもそも声楽をはじめたきっかけは何でしょうか?

 

もともとビジネス専攻で大学に進学しましたが、先生に声楽を学ぶように勧められてから、音楽に専攻を変更しました。卒業後最初の仕事で、ロサンジェルスの3,000人のホールでJ.S.バッハ作曲「ロ短調ミサ」を歌ったのですが、このときロサンジェルス・タイムズに絶賛されて自信がつき、声楽でいける、と感じました。その後ロスで大きな暴動があり、日本に帰国したのですが、日本の音楽大学を卒業していないため、教授の推薦がなく、オーディションを受けられない日々が8年続きました。このとき、一度は歌を諦めようと思いました。ところがそんなとき、日本で開催された国際コンクールの予選を通過し、ウィーンに渡った時、すぐヨーロッパのエージェントがつき、ウィーンで翌年デビューが決まったのです。

 

小さい頃から今まで、憧れの歌手はいましたか?

 

フリッツ・ヴンダリッヒ、それにルチアーノ・パヴァロッティです。

 

ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場などで歌われてきた中で、印象に残っている舞台は何ですか?

 

ウィーン国立歌劇場でのデビュー時は、2日しか練習がなく、しかもステージ練習もコーラス、オーケストラもない練習で、実質ぶっつけ本番のようなもの。最初のステージのとき、「さあ!」と背中を押されて舞台にでたものの、「わー、人がいっぱい入っている!ウィーンフィルだ!コーラスもこんなにいるんだ!」と、頭が真っ白になってしまい、出だしの1音を出せませんでした。そのとき、客席に背を向けていたソプラノの方が、微笑みながら「Look at me」といって、演技しながら「入り」を教えてくれました。終わった後、「ヌッツォ、ブラボー!」とディレクターから言われたときは、非常に嬉しく、未だに忘れられない思い出です。またメトロポリタン歌劇場でのデビュー演目「ナクソス島のアリアドネ」では、花吹雪のようにパンフレットを引きちぎった紙が落ちてきたときが印象に残っています。あれは、勝手に自分だけのためだと思っています。あのお客さんの反応は、あとにもさきにも見たことがありません。

 

声楽家を目指す若者へ、何かひとつアドバイスをお願いします。

 

自分の声を自分でみつけることです。無理をすれば、響きを失います。

 

お休みの日は、どのように過ごされていますか?

 

スポーツ、特にバスケットボールや水泳などをして過ごしていることが多いです。
あとは、ドライブして気晴らしするのが好きですね。

 

最後に、今後やりたいこと、夢をお聞かせください

 

音楽を通して、引き続き広い世界を見たいと思っています。

 

 

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