Fhilia Hall
アーティスト インタビュー

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ

2014年1月23日 19:00コンサートの詳細

 

ベートーヴェン後期三大ソナタへの挑戦 Ⅰ

クリスチャン・ツィメルマンが、ベートーヴェンの最後の3つのソナタに真摯に取り組んでいる。11月にリサイタルでチクルスを演奏するが、重大な準備を進めるさなか、この夏に東京でインタビューの機会をもった(2013年7月30日、渋谷)。
これら3曲のソナタをまとめて演奏するに際し、ツィメルマンは異なる意味合いにおけるいくつもの難題について、深く感じ、また熟慮を重ねている。多くの困難に向き合いながらも、いまこそベートーヴェンを演奏すべきときだ、とツィメルマンは微笑む、50代の人生を歩むひとりの人間としての個人的な理解もそこに関わってくる、と。これらの偉大な3作のソナタを書いたとき、作曲家は51歳前後だった。
ツィメルマンは1956年12月5日生まれだから、このチクルスで日本ツアーする間に57歳の誕生日を迎える。つまりいまは56歳で、それはベートーヴェンが亡くなった年齢と奇しくも同じ。誕生日をみれば、作曲家が1770年12月16日だからとても近く、同じ射手座の生まれである。ツイメルマンがベートーヴェンに抱くひとりの人間としての共感は、こうしてふたりの誕生日も近い11月22日から12月12日にかけて、日本各地でのチクルスに結実することになるわけだ。
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 「今回のチクルスに期待を寄せてくれてありがとう、でも......」とクリスチャン・ツィメルマンは話し始めた、「打ち明けるならば、私の人生でベートーヴェンのソナタ・チクルスの前ほど、演奏会で弾くのが怖いと思ったことはないのです」。
「というのも、私はこれらの3つの作品、そしてベートーヴェンという人物についても、非常な敬意を抱いています。最初にこのブログラムを演奏会で採り上げようとしたのは、私が51歳のときでした。そのとき、ベートーヴェンが3作を作曲したのが51歳だったことに私は気づきました。だから、いまが演奏すべきときだ、と自分に言い聞かせたのです、いまやらなければ一生やることはないだろうと(笑い)。そしてコンサートをいくつか組んだのですが、結局はプログラムを変更しました。もちろん、それぞれのソナタを単独では演奏してきました。作品109は学生時代から、作品110は少なくとも25年は演奏していますし、作品111は......」

 

 

2009年の日本ツアーでも演奏されましたね。

 

そう、ごく最近のことです。しかし、3つのソナタを併せて演奏するのは、まったく別の問題です。そして、まとめて演奏するということが、私を不安にさせるのです。

 

それら3つのモンスターが。

 

そう、まさに3つのモンスターです。一作ごとにまったく異なる構築をみせますし、ベートーヴェンはそこでなおも自分自身を発展させているのです。フーガをごらんなさい、どの曲のフーガも異なっています――作品109、110、111それぞれに。だから、彼はまだ努力を続けていたのです。彼は病気で、ほとんど死にかけていた――いや、亡くなるのは6年後のことですが。彼は依然として果敢に実験を進めていたのです。同じ時期には『ミサ・ソレムニス』を書いているのですよ。なんという壮大なプロジェクトだったことでしょう。
そして、今回のリサイタルを困難にしている、いくつかの問題があります。
ひとつは、《ロマンティック》に演奏するか、そうはしないかという問題です。《ロマンティック》というのは、非常に多くの場合、人々に誤解されている概念だからです。ベートーヴェンの時代にはまだ《ロマン派音楽》というものはまだ存在していなかったのです。別の見方をすれば、自分たちの時代が《ロマン主義時代》と呼ばれることを、当時の人々は知らなかった。彼らはロマンティックであることを知っていたはずです。バッハはおそらく自分をロマンティックだと考えていたでしょう。100年後にもっとロマンティックな時代がやってきて、そちらが《ロマン主義時代》と称されることなど知らずに。そして、その後に、《ネオ・ロマンティック》という時代がやってくることもね(笑い)。だから、バッハはたぶん、あらゆる人間がそうであるようにロマンティックだったのでしょう。

 

なるほど。あなたの言うとおりでしょう。

 

ベートーヴェンにも同じことは言えます。ロマン主義時代へと決定的に変化しようとしていく時代に、より古典的な手法を用いて、そこにバランスを見出していた。シューベルトが『冬の旅』を書いていた時代ですからね。ゲーテが『ファウスト』を書き、ターナーが絵を描いていた頃の話ですよ。
これこそが難点なのです。チャイコフスキーやラフマニノフの手法を用いることなく――それは誤りですから――、しかし作品をロマンティックに演奏しなければならない。心から演奏し、冷たいものにしてはいけない。

 

精神においてロマンティックであれ、ということですね。

 

そう、そうです。時代の様式を用いつつ、全霊をもって演奏する。感情の内にある狂気を最大限に発揮して。ベートーヴェンという人間はクレイジーだったのだから――これは疑いようもないことです(笑い)。

 

<インタビュー・文 青澤隆明、協力:ジャパン・アーツ>

 

 

 

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