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©Hideki Shiozawa

ジョヴァンニ・ソッリマ(チェロ)
インタビュアー:海野幹雄(チェリスト)

Giovanni Sollima, cello

出演日:2023年5月3日(水)15:00

Wednesday 03 May 2023 , 15:00

チェロの「鬼才」、そのルーツをたどる

                                                海野幹雄
海野幹雄

2019年8月、ソッリマ氏が世界中で手掛ける大規模なプロジェクト「100チェロ」の日本初公演が、東京都・すみだトリフォニーホールで行われました。この企画、そして同時期のオーケストラとの共演における驚異的な演奏によって、ジョヴァンニ・ソッリマという鬼才の名は、改めて日本国内に轟くことになります。
元々チェリストの中では「チェロよ、歌え!」という名曲の作曲家、そして様々なユニークな企画によって尊敬を集めていた彼の名が、一般のクラシック・ファンにも広がりました。

実はその来日に合わせて、フィリアホールでは東京都内にて、チェリスト・海野幹雄さんとのインタビューを実施。同じチェリスト同士、大変貴重な交流が実現でき、今回フィリアホールで開催する即興ワークショップにつながっていきます。コロナ禍によって公開が延期されていた貴重なインタビューをようやく公開!この興味深いアーティストの軌跡と想いを、ぜひご覧ください。

※このインタビューはコロナ禍前の2019年8月13日、「100チェロ」公演の翌日に収録したものです。

自らのルーツについて

海野:初対面ではありますが、私はあなたにすごく親近感を感じています。もちろんあなたは私より何倍も偉大な方ですが、私も音楽一家に生まれ、暗譜が得意で、作曲はしないのですがアレンジは沢山します。そして即興が好きなんです。知り合いの作曲家でピアニストでもある方と一緒に、お客様にテーマを出していただいて、それをもとに即興したり、といったことをしているのですが、これもあなたから勉強させていただいたところがあります。
自分が「自由が好き」だということに、この一週間あなたを見ていて気付かされました。20年位前に、日本の某名門オーケストラの入団の誘いを受けました。チェロ・セクション全員の意見の一致でのお誘いだったので、すごく名誉なことだったのですが、断ったのです。それから数年は、あれで良かったのだろうか…と悩みました。幸運なことに、その後演奏する機会をたくさんもらうようになって、まあ何とか食べていけるようにもなって、楽しくやれていますが、どこか0.1%くらい迷いが残っていた。…先週くらいまでは(笑)。
でも、あなたの先週の(2019/8/7(水)すみだ北斎美術館での)レセプションでのインタビューのお話と演奏を間近で聴いて、その0.1%が吹き飛びました。自分はこれで良かったんだと、好きにチェロを弾いていこう、と思えるようになりました。あなたは恩人です。ありがとうございます!(笑)。

ソッリマ:私は危険な男だよ(笑)。

海野:わかっています!(笑)
最近自分は、こどもたちを育てる教育プログラムに興味を持っていて、フィリアホールで若者と一緒に室内楽を共演する企画などを行っています。私には2人の息子がいるのですが…(お子さんの写真をタブレットで見せる)

ソッリマ:とても可愛いこどもたちですね!素晴らしいことです。Bravo!

海野:小さなおもちゃのピアノを弾いています(笑)。そんなこともあって、こどもを育てること、教育に今とても興味があるのですが、教育について、ぜひお考えを教えていただけますか。

ソッリマ:私とあなたは、すごく似ていると思います。音楽と文化は、全ての人にとって大切なものだと思っています。
私はシチリアのパレルモで育って、そこは、マフィアと政治が癒着しているような所でした。15歳くらいの時に友達と、パレルモで一番治安が悪いと云われているところにチェロを持って行って、こども達にチェロを教えたんです。「殺し合う代わりにチェロを弾こうよ」、というように。最初は、こども達は「一体何なんだろう」と、チェロを神秘的な楽器のように眺めていましたが、その音色がこども達に語りかけていくのを目の当たりにして、今でもそういう新しいエネルギーのようなものをすごく大切に思っています。
今私は、2つの学校で教えています。1つはローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミア。これは音楽家を目指す大人向けの学校で、イタリア、ドイツ、イギリス、アメリカ、韓国、中国など様々な国から色々な生徒が来ていて、日本人の生徒もいます。もう一つはイタリアの北部にある、バロックからジャズ、ロックから即興まであらゆるものを教えていて、年齢も様々という学校。ここ2年くらい前から、こども達のためのものを始めたいと思うようになりました。これは非常にエキサイティングです。こどもは才能に溢れているし、すごくオープンで考え方も自由です。イタリアにはチェロを教える学校がなかなか無くて、あったとしても、すごく裕福な家庭の子供のためのものです。音楽や文化は、裕福な人たちだけのためのものではありません。お金の無い人も含めて全員が学ぶことができるものであるべきです。
100チェロ(100チェロコンサート)をスタートしましたが、その中にはこどものための無料のマスタークラスもあります。もし国が音楽教育のシステムを変えるつもりがないのなら、自分達が変える、という意識をシンプルに持ち続けていくのみです。この写真を見たら、ああ、私がやっていること、必要だと思っていることと一緒だな…と感じました。

海野:日本という国はそういう面ではある意味対極にもあり、平和で娯楽に溢れていて、こどもに対する刺激が無数にあります。その中で、いいものと悪いものを選別して与えるのは、子育てしている中ではとても難しいし、もう少し成長して音大生や専門に勉強している人をレッスンする時も、情報化社会ゆえにすごく難しくなってきています。その辺りについても、お考えをお聞かせください。

ソッリマ:日本はとても恵まれていると思います。イタリアは国営の施設よりも私立の施設で、音楽教育に力を注いでいます。でも、こどもの時にたくさんいいチャンスを与えられれば、才能のある人はどんどんそれを活かしていくことができるわけです。チェロだけを練習するのではなく、同時に作曲などクリエイティビティを伸ばすというような教育を、バランス良くこどもの頃に施すことが、すごく大事ではないでしょうか。
自分自身もこどもの頃、チェロももちろん好きだったけれど、作曲も興味がありましたし、演劇やビジュアルアート、ラテン語やギリシャ語など、様々なことを勉強しました。作曲などクリエイティビティの要素を取り入れながらこども達に音楽を教えると、彼らはとてもオープンマインドで、5~8才くらいまではすごくファンタジーがたくましい、想像力が豊かですね。それが9~10才くらいになってくると、段々社会とのつながりというものができてきて、空想の世界が少しずつ失われていく。ですから、その前の時期に、いかに機械的な練習とのバランスを取りながら、創造性を伸ばしてあげられるか、ということが大切だと思います。
今の世の中はテレビやラジオ、そしてYouTubeなど、インターネット上の情報が溢れる社会だから、学校もそこを決して切り離すことは出来ないと思います。そこには良い部分も悪い部分も両方あると思いますが、人間はきっと正しい取捨選択を学ぶことができる生物だと、自分は信じています。こどもに教える時は、チェロの演奏法を勉強すると同時に、和声(ハーモニー)も教え、ちょっとカデンツァをやってごらん、みたいなことを教える。そうするとみんなできるのです。今回も「100チェロ」で最年少の8才の子から、「僕が書きました。」と2台のチェロのためのとてもクリエイティブな曲をプレゼントされて、それはすごく嬉しかった。ですから、こども達にチェロを教える時に、全てのチャンスと可能性を与えて、クリエイティブな手法で取り組むと、いつもうまくいくんですよ。


海野:ソッリマさんのお子さんも音楽活動をされてますか?

ソッリマ:はい。娘のマルタは作曲家、歌手、ヴィジュアルアーティストで、今度CDを出します。息子のマッテオは、パーカッション、ドラム、ギターを演奏し、そしてシェフでもあります。姉にも、同じくらいの年頃の二人の子供がいます。1人はチェリスト、1人はソプラノ歌手で作曲家でもあります。

 

様々なプロジェクトと、バッハについて

海野:「空飛ぶチェロ」「氷のチェロ」、オペラ、「100チェロ」…、これまで色んなことをされていますが、まだやれていないことで、やりたいことというと、どんなものがありますか?

ソッリマ:バッハの(無伴奏チェロ)組曲は、色々ライブではやってきたけれど、一度もレコーディングしていませんでした。なぜか、その機会を待っていたんです。そうしたら「なぜ待ってるんだ、ジョヴァンニ?」と言ったのが、この前亡くなったアンナー・ビルスマです。そう言われてみたらそうだな…と思い、レコーディングすることに決めました。なぜ今までためらってきたかというと、人間って毎日毎日違うわけです。呼吸も違う、空気も違う、そうすると、自分が演奏するバッハも毎日違うんですよ。それをレコーディングに留めてしまうというのはどうだろう、その日一日だけのレコーディングになってしまったらいけないんじゃないか…と思っていたのです。しかし、それだったら組曲ごとに、じゃあ1番はこの国のここで、2番はここで録ろう…という風に、各組曲をすべて違う国で違う日に録ろうということにして、その計画を考えているところです。
ちょうど少し前、イタリアの中部が地震に遭って、多くの教会が壊れかけてしまいました。そこには実はフレスコ画など素晴らしいものが残っていて、そして何しろ人々が教会に行けず、とても心を痛めている。しかしその地域は全然修復が進まないので、そういう地域の教会を先ほどお話したレコーディングに会場として組み込んで演奏したいと考えています。そこで演奏することによって、皆さんの力になり、政府を動かすことが出来るんじゃないかという気持ちで、バッハの組曲を演奏する、という話をしているところです。教会は音響(アコースティック)もとてもいいのでね。教会がいくつあるかは分からないけれど、今度近くに車で行く機会があるので、調査もしたいと思っています。

海野:僕自身もバッハをいつも弾いていて、人前で弾くのは段々慣れもあって楽しめるようになってきたところもありますが、やはり怖くて、形に残す勇気は全く無いのです。毎月小さなサロンでのコンサートを続けていてー先日100回を超えましたがー、10分でも必ずバッハを演奏します。ピアノとのデュオ、弦楽四重奏、チェロアンサンブルだったり、あるいはバンドネオンとタンゴを演奏したり、色んなことをしているのだけれど、どこでも必ずバッハを入れるようにしています。リサイタルでバッハ全曲を一日でやりきったこともあるのですが、形に遺すというと…もう怖くて全然手がつかない。

ソッリマ:とてもよく分かります。私も全く同じ問題を抱えています。
アムステルダムでバッハを弾いた時、たまたま客席にビルスマがいて、終わってから「君のバッハはすごくピュアで自由でいい音。なぜレコーディングしないの?」と。「いやーマエストロ、僕は恐れ多くて出来ません」と言ったら「いや、もしダメだったらまたやればいいじゃない」…と。
バッハはとてもピュアな音楽です。過去の音楽から素材と対位法を持ってきて、すごく「モダン」なものを創った。今聴いてもモダンだし、きっと千年後に聴いてもモダンに聴こえると思います。なにか世界を一つにするような音楽というか…。1977年のボイジャー探査機に載せられて、バッハの音楽は宇宙に行きました。人類はバッハを選んだのです。それだけパーフェクトな音楽。
バッハはレオナルド・ダ・ヴィンチと一緒で、科学者でもあり芸術家でもあり、人としても家族を大事にし、食べることが好きで、生きることが好きな人でした。私はそのバランスがとても好きです。自分やこどものために、毎週のように作品を書き、即興もしていた。こどもに教えるために書くのが好きでやっていて、そういう意味では今風の人ではないけれど、全てを持っていた人でした。

海野:私は、興味があったり求められたりしたものは、生きていくために何でもやるほうです。フラメンコのダンサーのバックで、スペイン人に混ざって演奏したこともあって、生まれた時からフラメンコをやっている人だ、と褒められたり…最初は戸惑いましたが(笑)。ただ、2つだけやったことがないことがあります。一つは弦楽四重奏をしっかり組んで時間をとって取り組んだことがないこと。もう一つは、ガット弦でバロック音楽を演奏したことがないということ。あなたは先週(のレセプションで)、ソロを調弦下げてバロック弓を使っていらっしゃったけれども、そのへんの感触の違いというのは、きっと音楽家にとって必要な事なのだろうと改めて思いました。

ソッリマ:学生の頃ドイツのシュトゥットガルトで、自分の愉しみでもありましたが、お金稼ぎにフラメンコバンドを作ったことがあります(笑)。住んでいたアパートの下がカフェバーのようなお店で、最初はキッチンで働いていましたが、チェロを持っていたから「あ、君チェロ弾くの?」と聞かれ、バッハやロックを弾きました。そのうちにフラメンコダンサーがやって来て、一緒に演奏することになりました(笑)。話がそれました。ね?キケンなチェリストでしょ?(笑)。

海野:いいんです!(笑) 
なぜガット弦でのバロック演奏をできないかというと、オーケストラに所属はしていないけれど、色々な団体のゲストとして仕事をしたり、室内楽をしたりと、日本の音楽家はとても忙しいんですよね。そんな中で、音色を求めてガット弦を張って、専用の弓を使って…という時間をなかなか持てない。自分の中で、すごくそれが気にかかっています。

ソッリマ:僕も忙しいよ(笑)ぜひやってみて!でもバロックボウは、音が一番大事じゃない?バロックボウで演奏すると、石ではなく、水のような音がすると思う。持っていないならAmazonで買えるよ(笑)。

海野:Amazonでいいんでしょうか?(笑)

ソッリマ:これが私の使っているバロック弓で、アメリカ人の弓製作者に、ボッケリー二のコピーの弓を作ってほしいと依頼しました。エンドピンは使いません。これは作曲家のコルベッタの5弦チェロ(またはギター)のためのシャコンヌ。(その場で演奏)タブラトゥールで、本人はそのつもりでなくてもロックに聴こえる(その場で演奏)…これがバロックです(笑)。

海野:(爆笑)

ソッリマ:こういう作品がたくさんある!ロックみたいでしょ?でもこれは当時からあるものです。人類が忘れていたものなんです。

海野:でもオーケストラにバロック弓を持っていくと怒られます(笑)。

ソッリマ:そうですよね。でも、私がロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団でハイドンを演奏した時、団員は皆バロック弓で演奏していました。なぜならモダン弓よりもバロック弓のほうが、うまく弾けるから楽なのです。バロック奏法のアーティキュレーションのほうが、演奏しやすいです。言葉を話すことに似ていますね。発音の仕方が作品に合っているんだと思います。

海野:バッハを弾く時に、モダン弓では非常に違和感を覚えることがあります。

ソッリマ:(バッハ作品のフレーズを歌って)モダン弓だと少し硬く感じますが、バロック弓で弾くと、とても自然に演奏できます。でも、バッハはどんな楽器でも演奏できますよ。バッハの音楽は本当に素晴らしい。演奏する様子を眺めているだけでも素晴らしい。シンセサイザーで演奏してもいいし、ジャズ、ロックでも何でも素晴らしい。でも、本当にオリジナルのアーティキュレーションのまま演奏したいなら、モダン弓でも違う持ち方をすると良いかも知れない。アイリッシュのような民族音楽を演奏するときも持ち方のスタイルは違いますが、それと一緒です。身体とすごく密接に関係しています。

海野:その前にまずバロック弓を買わなければなりませんね!(笑)
昨日(2019年8月12日)の「100チェロ」コンサートも大変感動しました。「100チェロ」は色んな国、色んな所でやってこられたと思いますが、日本人が参加する100人のチェロの印象ー日本の印象でもいいのですがー、何か感じたことはありますか?

ソッリマ:演奏された日本人の方々はみな素晴らしかったです。私がこれまで生きてきて、休憩中も熱心に練習していたのは日本人だけ(笑)。僕は彼らのところに行って「今休憩時間だよ?」と言うのだけど、みんな練習していました。参加者は少しシャイだと伺っていたのですが、1時間後にはみんなシャイじゃなくなっていた(笑)。ソリストレベルのプロもいればアマチュアもいる。アマチュアの方はもちろん技術は少し足りないにしても、それに代わる「愛」があります。皆すぐに打ち解けて「What's up!?(調子はどう!?)」と言い合えるような仲になります。
この「100チェロ」は2012年頃から15回くらい続けていますが、その中ではトリノ、ラヴェンナ、パレルモ、そして東京が今までの中でベスト4です。演奏の技術も一番高く、人間的な部分でも。とにかくみんな楽しく一つになって、音楽だけでなくて新しい友達が出来ました。

 

即興ワークショップについて

海野:それは嬉しいですね!
そして、来年の5月(※当初は2020年5月に開催予定でした)のお話も少し。フィリアホールではプレ・ワークショップを予定していますが、何かアイディアなどはお考えでしょうか?

ソッリマ:ベーシックなものも含め、インプロヴィゼーション(即興)のワークショップをしてみたいです。アーリーミュージック(古楽・バロック以前の西洋音楽)でやってみてもよいですね。英国、フランス、イタリアの音楽は、シャコンヌやパッサカリアのようなベースラインを持っています。シャコンヌは、少しブルースのような要素があります。(その場で演奏)
途中からみんなが入ってきて、ソロでも小さいグループに分かれても演奏していい。即興をやってみることで、皆さん自信を持てると思います。「クリエイティブ(創造的)・チェロ」のような。ハイドンやボッケリー二では、多くのチェリストがブリテンのカデンツァを弾きますが、それは譜面に書いてあるカデンツァを弾くわけです。でも、譜面に書いてあるものではなく、本当にゼロから何かをみんなで即興で弾くと、どんな風にでも演奏できる。ヒストリカル、フリー、ジャズ、ロック、バロック風、あらゆるジャンルで即興演奏する方法があります。オーディエンス(観客)を巻き込みながら。この「クリエイティブ・チェロ」にフォーカスしてもいいかもしれませんね。

海野:すごく面白そうですね。ぜひ僕もチェロで参加したいです。
ありがとうございました!

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※インタビュー本文中は出演者敬称略
(取材・文:フィリアホール企画制作部 協力:プランクトン)

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コンサート&ワークショップの詳細はこちらをクリック↓
2023.5.3(水・祝)15:00開演「ジョヴァンニ・ソッリマ 無伴奏チェロ・リサイタル」

ジョヴァンニ・ソッリマ氏からの動画メッセージもぜひご覧ください!こちらをクリック↓
ジョヴァンニ・ソッリマ 来日に向けてメッセージ(YouTube)

 

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